101 名無しさん 2026/10/25(日) 15:57:36 ID:/WQ2wzLQ0 どんなことを言われるかと思い、案じと心配で、ふるえておられるのだと思いますから、これからは、道を正して向きをかえて、親様月日様といいて、本部に行うのが楽しみになってくるような道をお通りください、ということや。『どこでも天の御供する人は、勝利えるぞや得心をせよ』という御言葉や。わかったでしょう。 一六日月読(つきよみ) おたがいは ひとをねたんで いるよりも 五一九 一日之命様 あしもとどころ ようじんをせよ 先負 ☆ 三八四 七六二 ということは、どういうことであるならば、『足もとどころ』ということは、一家の家庭のこと。または親戚縁者のこと。世の中でよくいう、「人のふりみてわがふりなおせ」といっているでしょう。よいところを見てわがふり直すはよいけれど、「あの人はあのくらい悪いことをしているが、おれはこのくらいのことはいいだろう」自分で自分がきめて、ばかりにかけるこ 【44ページ(画像1127)】とはよくないことと思う。人のふり見てわがふり直せ、ということは、よいところとしている人よりは、なお一層よいところを見習って、より以上に心の中がりっぽになることを、天は御待ちかねでございますよ。 暮らしむきやらいろ〜とぜいたくをしている人のことを見て、ねたんでいると、家のすることなすことが不足になって、親戚縁者の人々のことをねたんでいると、心の成人がおくれますから、『心の成人待ちかねる、親の思いはこればかり』と仰せがされてありますとおり、日々刻一刻に油断なくお暮らしください、ということや。 人間というものは、いつの時でも横目をふって現場ばかり見て暮らしていると、足もとがうるすになって苦しめねばならんことになりますから、各自が心して お暮らしください。なぜならば、借金をしてぜいたくをしているのか、よその家庭を見ただけで、 0 0
どんなことを言われるかと思い、案じと心配で、ふるえておられるのだと思いますから、これからは、道を正して向きをかえて、親様月日様といいて、本部に行うのが楽しみになってくるような道をお通りください、ということや。『どこでも天の御供する人は、勝利えるぞや得心をせよ』という御言葉や。わかったでしょう。
一六日
月読(つきよみ) おたがいは ひとをねたんで いるよりも 五一九
一日之命様 あしもとどころ ようじんをせよ 先負 ☆ 三八四 七六二
ということは、どういうことであるならば、『足もとどころ』ということは、一家の家庭のこと。または親戚縁者のこと。世の中でよくいう、「人のふりみてわがふりなおせ」といっているでしょう。よいところを見てわがふり直すはよいけれど、「あの人はあのくらい悪いことをしているが、おれはこのくらいのことはいいだろう」自分で自分がきめて、ばかりにかけるこ
【44ページ(画像1127)】
とはよくないことと思う。人のふり見てわがふり直せ、ということは、よいところとしている人よりは、なお一層よいところを見習って、より以上に心の中がりっぽになることを、天は御待ちかねでございますよ。
暮らしむきやらいろ〜とぜいたくをしている人のことを見て、ねたんでいると、家のすることなすことが不足になって、親戚縁者の人々のことをねたんでいると、心の成人がおくれますから、『心の成人待ちかねる、親の思いはこればかり』と仰せがされてありますとおり、日々刻一刻に油断なくお暮らしください、ということや。
人間というものは、いつの時でも横目をふって現場ばかり見て暮らしていると、足もとがうるすになって苦しめねばならんことになりますから、各自が心して お暮らしください。なぜならば、借金をしてぜいたくをしているのか、よその家庭を見ただけで、