66

50ページ
​して共に助け合って、しっかりとこの道をやっていただきたい、ということや。よくわかったでしょう。
​二四日 雲読之命様 なにとても こころしてよめ こののかぐら  九五四
          いつになりても みなこのとおり 先負 ☆ 七三八
                             二一六 🐗
​『いつになりても心して読めこのかぐら』とは、どういうことであるならば、人間がこの世に生まれさしていただいて、日夜行動しているでしょう。その行動して暮らしていただいてお人の、ひとりひとりを見きわめて、「あゝ、あの人はあゝいう行いをしているなあ。あゝこの人はこうゆうことをやっているなあ。あゝあの人は一つの会社の社長になっているなあ。あゝの人は一家の家庭のあるじになったなあ。あゝあの人は一家の家庭の奥さんになったなあ。あゝあそこの家では子供がひとり授かったなあ。どういう教育の仕方をするか。ふたりめの子供はどういうふうな性質かなあ。あそ
​-50-
​51ページ
​この娘はあゝいう行いをする子だなあ。あゝあそこの親はまじめな性格だなあ。あゝあそこの奥さんは少しこしぜいたくなだなあ。あゝあそこの家では親ゆずりの財産をもらって、ぜいたくに暮らしているなあ。あゝあそこの家では親をみがしまりやで、家内が苦しんでいるなあ」といっさい世の中の人の動きをみて、よいところだけをとって、実行してさえゆけば、結構づくめになるのは理の当然と思う。良いことも悪いこともしながら暮らしてもらって動いていることが、天からは、『かぐら舞い』という。
​神様の御言葉の中に、『かぐら両人つとめはなあ、これがたしかこの世はじまり』と仰せくだされてありますが、これは、かぐら両人とは父母様のこと、そこからこの世の中がなりたっている、ということ。いつになりてをもみなことおりという意味あいの御言葉もよくわかったでしょう。
​そこで各自の家庭をながめて、「あゝいう行いをすればそうなったのか
​-51-

0 0

人気の記事