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​では、共にくらやみとなります、必ず天が仲立で、どこへも去ってしまうのではありませんよ。
​親が子となり子が親となり、また親戚縁者ともなり、また世の中の人がよくいう、「つらい浮世」だとか、または、「世の中は割りきれない世の中だ」とか、「わしにはこうしたいやな因縁はないはずだ」とか、「あそこと家は金持長者だ」とか、「おらんところは家庭にめぐれない」とか、いろいろ〜なぐちゃや小言で暮らしておられる人も、世の中にはたくさんありますが、
​とにかく人間というものは、身から出たさびであって、いつどこでどどの様な種をまいておったか、『どこから生まれてきたのやら、どこへ死んでゆくのやら、人間としてあとさき知りたる者はなし』と天ではいつも仰せでございますが、天の方では人間の心を受け取って、いつも天によいことも悪いことも貯蓄がしてあるのですから、なによのことも一つも心配はありませんね
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​い。それだからお互様は、日々気をつけて不平不満をとりこまぬよう、喜び勇んで感謝の日暮らしをさしていただきましょうねい、ということや。よくわかったでしょう。
​二八日 岐神様 りというものを なんとみる  四九八
        りというものは てんのほうそく 先勝 ☆ 二七三
                            六五一 🐊
​皆さん方は、本部に運んで聞かせていただいて、理というものをよくわかり、人の心というものは、どういう心で暮らしておられるということもしっかり、自分ということもしよくわかっているはずのこと。良い心はよいけれど、悪い心はきりかえて、良い心の持ち主になって暮らしていただいてどうではありませんか。
​『理というものは天の法則』と仰せくだされてありますが、理というものは、天の法律おいたも同じこと』と仰せくだされてあ
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