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​に一度ぐらい運んで、だんく〜と心がすんでゆけば、かなけもぬけるし、ごり水も御利益いただけるかも知れませんが、いつも日々心がにごっていて、神様の所へ運べば旅費がいる、おさい銭がいる、暇がおしい、というような心で、困る時ばかり運んでいるようなことでは、なんの御利益がいただけるものか」と申しましたところ、
​「これからしっかりと運んで、聞かしていただいて、腹の中がりっぱな人になりますから、御利益いただくだとうございます」と願われましたから、親様が天に御願いをしてくださいましたが、困る時ばかりきているような横著者は助けていただくことはできませんでねい。
​八年の間に三回ぐらいきたとて、小学校へ勉強しにいったぐらいで、理もひもわかるものではありませんねい。こうした人は、八年前にお道へ運ばしてもらった時、言うだけで御利益いただけるようなことは、絶対にありませんでねい。
​【34ページ】
​すませんでねい。皆さんは、理というものを聞かせていただいて、さとって実行して御利益をいただいてお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
​一二日
​大戸辺(おおとべ) なにごも てんのしはいで あるゆえに 一六五
​一日之命様 はやくはこんで みちをあけたら 大安 ☆ 八四九 三二七
​お互いは天の支配下においていただいておる者ばかりでございますねい。それだから、『においがかかったなら、早く運んで聞かしてもらって道をあけたら』と仰せくだされてありますとおり、『道をあけたら』ということはどういうことであるならば、ある所のある人が、ある時本部に運んでこられて、「親様月日様、家のあるじが畑の中ですわりこんでしまって、立てなくなって困っておりますから御利益をいただきますとうございます」と願いにこら

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