2


キャンパスへと続く緩やかなスロープを吹き抜ける風には、いつも少しだけ微睡むような甘い匂いが混じっている。

早稲田大学文学部。
古いインクとペーパーバックの香りが漂う戸山キャンパスが、今の私の世界のすべてだ。1990年の春に生まれた私が、18回目の季節を迎えてやっと手に入れた「大学生」という真新しいチケット。

身長148センチ。平均より少しだけ低い私の視界から見上げる東京の空は、いつだって意地悪なほど眩しい。
お気に入りの白いブラウスに、少し背伸びをして買った細身のローファー。ショーウィンドウにふと映り込む自分の姿は、どこにでもいる、純粋で、真面目で、少しだけ不器用な——ただの平凡な女の子に見えるはずだ。

「綾子ってさ、本当にいつも裏表がないっていうか、ピュアだよね」

行きつけのカフェで、親友の美月はアイスティーのグラスを傾けながら、ふわりと笑う。
資産家の令嬢で、息を呑むほど透き通った美しさを持つ美月。
そしてその隣で、「あんたは少し隙がありすぎるのよ」と、ツンとした態度でストローを噛む琴葉。
光を纏ったように華やかな二人と並んで歩く高田馬場の街並みは、まるで気の利いたフランス映画のワンシーンのように鮮やかで、どこまでも軽やかだった。

優しい彼氏の宗介、自慢の友人たち、そして穏やかな日常。
私の日常という名のキャンバスは、誰が見ても完璧なパステルカラーで彩られている。周りの誰もが、私が何の憂いもなく青春を謳歌していると信じて疑わないだろう。

——けれど。

どんなに仕立ての良いスカートを穿いても。
どんなに流行りの淡いリップを唇に引いても。

私の皮膚のすぐ下には、誰にも見せられない、深く、暗く、重たい『秘密の森』が鬱蒼と広がっている。

日差しが強ければ強いほど、足元に落ちる影はどこまでも濃く、黒くなる。
完璧な日常の裏側で、私だけが知っている、私自身のひどく醜い部分。
その深い劣等感を彼に——愛する宗介に知られる日が来ることを想像するだけで、私は淹れたてのカフェオレすら、ふいに砂を噛むような味に変わってしまうのだ。

これは、誰よりも普通で、誰よりも臆病な私が、自分の内側に隠し持った決して綺麗とは言えない「秘密」と向き合うまでの、ひそやかな物語

0 0

人気の記事