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​芽ばえふっきり花咲き実りの恩、恩のかずく〜山ほどさとり、陽気遊山のありがたさ、世の中の人がよく働いて、「くたびれた」と言う人がたくさんあるように思いますが、働いたのではない、わがことをして、日々遊ばしていただいておるようなものなれば、「きょう一日無事に遊ばしていただいてありがとうございます」と親やら、人やら、天やらにお礼を申しあげて暮してゆくが第一と思う。よくわかったでしょう。
​八日
​面足之命様 やさしくて ふそくのなきが まるきなり 九五四
​一日之命様 てるもてらぬも そこにあるなり 先勝 ☆ 七三八 二一六
​『やさしい』ということは、何事によらず問われた時に、相手方にわかるように話しをしてやるのが、やさしいという。日々に、『不足をする』ということは、自分の思うがままにならないから、いつの時でも反抗心を持って相手方ののしる。その心を天が御ながめになって、『こらく〜そうした心は
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​違うぞ』と仰せくださるその時に、反抗心をもつゆえに不足が、【かぜ】とわれは知る。
​人間の言葉がかぜであるゆえに、いちめいいかぜをひくという。そこで不足しない人が天の目から御らんになりて、『やさしいすなおおな、にゅううわな心の持ち主だなあ』と御思いになる。これすなわち、やさしくて不足のなぎが丸きなり、天の御照らしがすなわぢ、思えばそのまま、言えばそのままの利益をいただける人のことを、『照る』
​『照らん』というのは、局部局部に自由用のいただける人のことを、照らんということや。お互いに、『自由用をいただける人と、自由用をいただける人と心のひらきがそこにあるのでございますよ』と天の仰せの御言葉でございます。よくわかったでしょう。

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