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​ある教会の信徒が本部に来て、「親様うちの会長さんは、私のことを同じ教会の信徒に悪口を言う。そうするとこの会長は、またほかの信徒のことを他の人に悪口を言う。お助けは第二の問題として、一の信徒には二の悪口を言う。この悪口は一に言う。三の悪口は二に語る。二の悪口は四に語る。四の悪口は五に語る。五の悪口は四に語るというように、くる人ごとに悪口を言われておるそうな。それだから、みんなで相談をして、教会へ運ぶのはやめにしようと思いますが、親様それでいいでしょうか」と問われたことがありましたが、
​『その会長はこの道に出させていただく前からの、くせ性分であってその会長があるじの悪口を本部に来て語り、またある時は、せがれの悪口をきて語り、嫁の悪口を本部に来て語り、だんく〜と道が古くなってきたので家々の悪口はやめて道に出て、道の悪口をいう因縁の人だから、あんた方も
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​人の悪口をいうたことはないかね』と尋ねましたところ、「悪口をいうたことはない、とは言えませんね。そうしてみれば会長さんが悪いのではなく、やっぱり自分のざんげでした」と申しまして、「また信徒にその由を話して教会へ運び、また多くの人にもにおいがけをさしていただくことにいたします」というて帰宅をされましたが、それ以来なにも申さなくなりましたが、お互様にどんなことがあっても、『どれが悪いとさらに思うな』といつも天から仰せでございますから、お互様にどういうことがあっても、思いがえして、人を愛する心になってお暮らしください、ということや。人間の一人は、皆天の月日親神様の分け霊なれば、愛して愛さるということと忘れずにお暮らしください、ということや。
​どんなことでもまかぬ種はえぬのだから、『相対にするむとはかぎらず、他のある理を現わす』とも仰せくだされてありますとおり、相対で話した時

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