145 名無しさん 2026/10/30(金) 17:06:29 ID:RnrYMF5w0 44ページ(画像352)】り大そうじ、こわいようでも真の楽しみ、昼間はまじめに働き、夜はまじめに寝ること、かどめなり。夜の七時、八時、九時、十時にずぼらな道を通っていると、昼間の七時、八時、九時、十時の刻限に、夜のずぼらの道を通る話しを昼にする。まじめに働く時間といったら、わずかな時間であって、夜寝る時間もわずかであって、夜昼のまじめはたいてい十一時、十二時がまじめな刻限であって、だれかれなしにこれからも、刻限事情をよくさとり、真実決心どんと定めて、どんとかつ着いて暮らしてゆけば、なんのさわりもなく、けががあやまちもなく病気、病難、うれい災難にも出あわずに暮らしてゆけることやから、これからは先の道筋も、日夜心してお暮らしください、ということや。この八方様の刻限の中で、丑寅の刻に人間が動き出すことは、天から、『鬼門』と仰せやで、未申の刻限に、あちらこちらを見回して、夜の刻限【45ページ(画像353)】待ちかねて暮らしている人は、昼間の一時、二時、三時、四時に昼寝して暮らしているから、かんじんかななの病門や。鬼門病門でほこりを積んで、とらえられる人が八方ふさがりという。出られるに出られぬかごの鳥ようなことになりますから、人が休む時は休み、寝る時は寝、働く時は働く、足並みそろえて日々に、感謝の日暮らしいたしましょう、ということや。よくわかったでしょう。一六日美様 じゅうぶんの道をとおれば すえとまる 八四三 ☆ 六二七 一九五 一日之命様 のぼりきったら おちにゃおれん 大安 ということは、この道を聞かせていただいて、一家の家庭というものは、ものがあるからといって、ぜいたくをして、収入と使う金とのバランスをとらずに暮らしていたならば、しまいには赤字となっていきづまり、あれを売り、これをなくしてどこでも、ずいぶんな世渡りしていると、もぬけのから 0 0
44ページ(画像352)】
り大そうじ、こわいようでも真の楽しみ、昼間はまじめに働き、夜はまじめに寝ること、かどめなり。
夜の七時、八時、九時、十時にずぼらな道を通っていると、昼間の七時、八時、九時、十時の刻限に、夜のずぼらの道を通る話しを昼にする。まじめに働く時間といったら、わずかな時間であって、夜寝る時間もわずかであって、夜昼のまじめはたいてい十一時、十二時がまじめな刻限であって、だれかれなしにこれからも、刻限事情をよくさとり、真実決心どんと定めて、どんとかつ着いて暮らしてゆけば、なんのさわりもなく、けががあやまちもなく病気、病難、うれい災難にも出あわずに暮らしてゆけることやから、これからは先の道筋も、日夜心してお暮らしください、ということや。
この八方様の刻限の中で、丑寅の刻に人間が動き出すことは、天から、『鬼門』と仰せやで、未申の刻限に、あちらこちらを見回して、夜の刻限
【45ページ(画像353)】
待ちかねて暮らしている人は、昼間の一時、二時、三時、四時に昼寝して暮らしているから、かんじんかななの病門や。
鬼門病門でほこりを積んで、とらえられる人が八方ふさがりという。出られるに出られぬかごの鳥ようなことになりますから、人が休む時は休み、寝る時は寝、働く時は働く、足並みそろえて日々に、感謝の日暮らしいたしましょう、ということや。よくわかったでしょう。
一六日
美様 じゅうぶんの道をとおれば すえとまる 八四三 ☆ 六二七 一九五
一日之命様 のぼりきったら おちにゃおれん 大安
ということは、この道を聞かせていただいて、一家の家庭というものは、ものがあるからといって、ぜいたくをして、収入と使う金とのバランスをとらずに暮らしていたならば、しまいには赤字となっていきづまり、あれを売り、これをなくしてどこでも、ずいぶんな世渡りしていると、もぬけのから