世界心道教徒だけど質問ある?
親にあいさつそこぞこに、やくめのしょくむにつく人は、うちからでかけてゆくでしょう。
どうちゅう何ごとなきようとw、ぶじをいのりてみなさまよ、われもぶじをばいのりつつ、とこうするのがみなのやく。
先生がたの教えをよくよくあじわって身につけて、いつも実行にゆだんなく、
むだぐちいたずらみなやめて、もはんの青少年や、また少女というように、父、母親のやかたへもどりて、しゅくだい、いろいろな勉強すましておたがいが、かじのてつだいうかごうて、いつの時でもかんしゃしてくらす心を月日様、日夜見分けて、このこども、先になったることならば、人のかしらにしてやろと、お思いあそばすその時は、いろいろくなんもおきてくる。
なれどなんなく通りぬけ、しあわせよき子におたがいが、なりてくらすが第一や、あそび半分の日ぐらしは、天のうけとりないとしれ、あそびながら
の勉強を、するよな心でくらすなら、すえは、ちょうじゃになりはせぬ。
なんなく少年少女の時代もすぎて、どこまでも天のめがねにかなうようよな、父、母様のめがねにかなうおこないをするならば、人が見わけてひき立てて、金もち、ちょうじゃというよりも、もはんをしめするその心、天がうけとりけっこうな、身分にならしてもらえるで、今の時代はおたがいは、むだぐち、いたずら腹だちと、いうよな心をみなやめて、かくじがたがいに勉強して、ひろく世の中のじょうたいを、にんしきするのが第一や。
どこのどこまでみなさまよ、東西南北わかるまい。生まれてきたからみな身あり、日々お照らしあるからは、天から東とさとしある。お照らしをかんしゃできるも、このりょうがんがあればこそ、ああありがたや、どこまでもおてらしくださる父、母様の、この理あの理とおてらしの、いさいは西とさとしある。これで東西南北もわかりがついたであろうがな。
ね、うし、とらはまよかや、う、たつ、夜明けやおたがいは、このみ(巳)一つがものだねで、みなみ(午)あつまりとめする。人間心をみなやめて、ともにてをとりたすけあい、つじ(未)のしあんのその時が、はこんで聞かせてもろうたら、どちらの道でも月日様、あんないくださるそれゆえに、あんじはいらんでみなのもの、申(さる)もさらぬありはせぬ。 おっ酉(とり)かまえてけんかせず、にくみおおてはならぬぞよ、やけくそおこせばみおしえを、守りてとおりたことながら、つんだ石をばみなくずしさいのかわらとなるゆえに、心なさいよみなさまよ。
「北のござしょ」は、みなさまよ、くにとこたちのみこと様。
「南のござしょ」は、みなさまよ、おもたるのみこと様。
「たつ、みのしゅごじん」は、くにさっちのみこと様。
「四番の神様」はつきよみのみこと様。
「くもよみのみこと様」は、うのかたて。
「かしこねのみこと様」は、ひつじ、さるのかた。
「たいしょくてんのみこと様」はうし、とらのかた。
「おおとのべのみこと様」は、とりのかた、これで八方様わかったでしょう。
中は、「いざなぎのみこと様」、と「いざなみのみこと様」そこでみなさん、十社会おてらしくださるみ親様、なんぼ話を聞いたとて、実行せぬよなことならば、助かるめのないことになる。しっかり実行しましょう。みなさまよ、北のござしょの、「くにとこ様」の色は、青やで、あおうなばらやのしゅごう。
「おもたる様」は、南にて、火のしゅごう。
「くにさっち様」は、たつみのかたにて、いつの時でも金銭えんむすびの神様にて、色は、むらさき。
「つきよみのみこと様」は、色は、こんごうしょくにて、力のしゅごう。
「くもよみのみこと様」は、色はこんごうしょくにて、水気上げ下げのしゅごう。
水気上げ下げのしゅごうとは、雨またはお天気になった時、雨が、すいじょうきとなって、天にのぼらしてくだされて、また、てきとうな時に天から雨をふらさしてくださるおはたらきの神様。
「かしこねのみこと様」は、色はこんごうしょく白、いちめい風の神様にて、あまり息をふきとばして腹を立っていると、いろいろな病気にかかって、なんぎをせねばならんことになる。この神様のおはたらきがなかったら、人間はひとこともしゃべれなくなってしまいますよ。
「七番目の神様」は、うしとら、のほうがくにて、色は黒、「たいしょくてんのみこと様」の、おはたらきによって、人間が思いがえをくらしておればよいが、おもいがえをしないで、悪いりょうけんでくらしていると、ろくなうんめいになりませんよ。
「とりのかたの神様」は「おおとのべのみこと様」色は黄色でございますよ。
「いざなぎのみこと様、いざなみのみこと様」の、このふたりのかたは、人間では男のかたをお守りくださるし、女のかたは、いざなみのみこと様がお守りくださるのですよ。そこで、「くにとこたちのみこと様」は、世の中の神社ぶっかくでは、せいしんかんのん様。
「おもたる様」は、世の中では、せいてんかんのん様。
「くにさっちのみこと様」はべんてん様や、だるまだいし様。
「つきよみのみこと様」は、はちまんだいぼさつ、しょうとくたいし様。
「くもよみのみこと様」は、りゅうおうしんのう様、やくしにょらい様。
「かしこねのみこと様」は世上では、だいにちにょらい様。
「たいしょくてんのみこと様」は、ほっけ様。
「おおとのべのみこと様」は、ふどうみょうおう、こうぼうだいし様。
それから「麦のしるしのあるおいなり様。いざなみのみこと様は、米のしるしのあるおいなり様。それから、
「くにとこたちのみこと様」は、天にては、お月様。
「おもたるのみこと様」は、天にては、お日様。
「くにさっちのみこと様」は、天にては、げんすけ星様。
「つきよみのみこと様」は、天にては、はぐん七星。
「くもよみのみこと様」は、天にては、夜明けのみょうじょう様。
「かしこねのみこと様」は、天にては、かさね星様。
「たいしょくてんのみこと様」は、天にては、くよう星様。
「おおとのべのみこと様」は、天にては、よいのみょうじょう様。
「いざなぎのみこと様、いざなみのみこと様」は、天にては、ほうき星様。
それから夜の子(ね)のこく、十一時、十二時 丑寅(うしとら)のこく、一時、二時、三時、四時 卯(う)のこくは、五時、六時 辰巳(たつみ)のこくは、七時、八時、九時、十時 午(うま)のこくは、昼の十一時、十二時 未申(ひつじさる)のこくは、一時、二時、三時、四時 酉(とり)のこくは、五時、六時 戌亥(いぬい)のこくは、七時、八時、九時、十時 こくげんのところもよくわかったでしょう。そこで、
夜の十一時、十二時は、九ッ うしのこくは、八ッ とらのこくは、七ッうのこくは、明け六ッ たつのこくは、五ッ みのこくは、四ッ 昼まの十ニ時も九ッ ひつじのこくは、 八ッ さるのこくは、七ッ とりのこくは、暮れ六ッ いぬのこくは、五ッ いのこくは、四ッ そこで昔の人は、地しんがあるとき、六ッ八ッ風の四ッ日でり。五、七の
雨の九は病は、と、よく申されておりましたが、みなさんもこのこくげんをよく知って、いさいに気をつけて暮らさしてもらいましょうね。
「六ッと八ッが風ならば」日々に、はんこうしんをもって、人にさからうことをやめてとおれば、いかにたいふうがおこっても、おしながされたり、ふきとばされたりして、大きなけがをするような、ことはありませんでね。
「四ッ日でり」ということは、おたがい様に、つまらんことにやっきになって気をもんで、人をたたきつけるような心をつかっていると、にっしゃ病にかかったり、あつさまけをしたり、いつの時でも青なにしおをかけたようにからだが、くたくたしてはたらけなくなるような、心のもちぬしにならんよう、気をつけて暮らせよ、と、天からのおんものがたり、すなわち、天からのごけいこくなれば、心して暮らせよ。ということやそうな。
それから、「五、七の雨」ということは、いつもなげいたり、くどいたり、あんなものはきらいだ、
これはすきだ、と、よりごのみばかりしていると、つまらんさいがいにかかって、つま子をうしない、なげいてばかりくらしていると、一家の家庭のだれかが、つまらんつまらんというて家出をしたり、はたらかなくなってしまって、いちだいびんぼうしなくてはならんから、みんななげかず、よろこびいさんで暮らせよ、と天から教えてくださる地しんだそうでございます。それから九ッ、「九はやまい」ということは、いろいろ、つまらんくろうをしているとびょう気にかかって、早くしんでしまわねばならんようになるし、心がきついと、からだのきかいがよわくなって、たえず青ざめたかおいろをして、おもしろくもなく、よわたりをせにゃならんことになりますから、きつい心をやめて暮らすにありと思う。
つまらんくろうは、まんびょうのもとになりますから、人間というものは
時代じゅんのうというて、いつまでたっても、親の心にしたごうて、暮らすにありと思う。
時代じゅんのうということは、七、八才までは、親の手もとで教えをうけ七、八才から学校へいき、学校へいくのは、勉強に行くのでしょう。勉強にいくのだから、ともだちとなかよくくらすにありと思う。また学校をさがったら、はたらくのでしょう。はたらくのに、人とけんかしている人も中にはあるようだが、けんかをしながら、ふそくをいうて、はたらいていることをあそびながらのはたらきは、人にみとめられることにはならんでしょう。天からもこの子は、しょうがないんだと、お思いになると、ろくなしゅっせはできませんでね。日々心しておくらしくださいね。
時代時代によって、みなさんが大きくなると、親になったり、年よりになったりするのですから、けっこうずくめに世わたりを、さしていただくには、
まつだいのしんこうとさだめて、おくらしくださいね。
まつだいのしんこうとは、生まれかわっても、しにかわっても、親様月日様のおせわどりをいただかねば、暮らせないものばかりですから、何かにつけて、ちょくちょくはこんで、聞かしていただいて暮らすことは、めいめいのとくだねと思います。それから、
「くにとこたちのみこと様の、お心にそうてゆけば」さいなんはありませんが、くにとこたちのみこと様の、お心にそわんひぐらしをしていると、やまいがしょじてきますよ。その心はねえ、あれがほしい、これがほしいと親に無理なんだいをいうて、なにごとによらず、じぶんののぞみをかなえてもらえないというて、腹を立って暮らしていると、口の聞けない、おしん⭕️ぼ。
「おもたる様の、お心にふれると」つん⭕️ぼ、こうしておしい、ああしておしいと、ほしい、おしいのほしだらけ、下見てくらせば星のかげもなしと、
おおせでございますが、上見れば、ほしい、おしいの星だらけとは、じゅうぶんに暮らしている人もすがたを見て、あれがほしい、自分がものをもっておって、親が人さんに、それをあげなさいよといわれても、おしがる心、なにごとによらず、人にものをいわさない、人のいうことは聞かない、これが「お⭕️しつん⭕️ぼ」の元になるのですよ。
それですから、あの人は、うんめいがいい、おれは、うんめいがわるいというて、父、母様をうらんでみたり、人をうらんでみたり、そねんでみたり、いろいろな心をつかっていると、あしもとがおるすになりますから、人をねたむこともいらんし、うらやましがることもいらんし、自分は自分だけのとくしかないのだからと、よろこんで日ぐらしをさしていただくようにすれば、世の中に、おし⭕️も、つん⭕️ぼもなくなりて、けっこうな世の中になってくるのでございますよ。それですから自分というものを、じかくして暮らすのがたいせつと思います。


初心者なので文章汚いと思います。
誰でも歓迎します。誹謗中傷やご指摘どしどしどうぞ。