一二日 雲読之命様 うらおもて ありてはならん このみちは
てほんひながた さとりとれたら 仏滅 ☆
五一九
三八四
七六二 🐐
『手本ひながたととする事情』と天で仰せくだされてありますとおり、『裏と表とまた中と、三つそろえてつとめごしらえ』と仰せくだされてありますが、親様の前では、よいことばかり聞かせておいて、裏面にまわると、家庭をもませたり、家庭の者をがなりつけたり、不足を言うたり言われたり不足をさしたり、不足をしたり、何のこともない一家の家庭が、泥試合のようなもの。日々に秩序正しく暮してゆけばごた〜はないのに、裏面でいつもごた〜して、表面ではよい顔して何んのこともないいちあかん、『らがなかれば日が照らん。承知できねば何もびっしゃり、あれもやみ、これもつまりて、日は照らん。やぶれちぎりてかけてゆくなり』と仰せくだされてありますが、
この御言葉をただうか〜とよんで暮していたのではらちがあきませんよ。らちがあかねば家々はまっくらやみですよ。『やぶれちぎれてかけてゆくなり』とゆうことは、家族の者がしまいには、出直しする人もあれば、家をとび出す人も出てくれば、かんかこどくで道をやりながら、さびしい日暮らしをせねばならんことになるでしょう。
そこでめいく〜がりっぱな手本を出して、人様に、「お道をやっておる人は、何んとまあえらいものや」と世上からはめられて理の当然でしょう。それだのに周囲の人にいろいろな注意をされると、腹を立ったり、おれをばかにしゃがると、おこってみたり、どなってみたり、不足をいうたりしていると、しまいには一家の家庭の人にもあいそをつかされて、信徒もぼつ〜と寄ってこなくなって、あきや同然になる、ということや。この御言葉を思いあたる人は、道を正して向きを変えて、教えて通りの道をあゆんでいただきた


この御言葉をただうか〜とよんで暮していたのではらちがあきませんよ。らちがあかねば家々はまっくらやみですよ。『やぶれちぎれてかけてゆくなり』とゆうことは、家族の者がしまいには、出直しする人もあれば、家をとび出す人も出てくれば、かんかこどくで道をやりながら、さびしい日暮らしをせねばならんことになるでしょう。
そこでめいく〜がりっぱな手本を出して、人様に、「お道をやっておる人は、何んとまあえらいものや」と世上からはめられて理の当然でしょう。それだのに周囲の人にいろいろな注意をされると、腹を立ったり、おれをばかにしゃがると、おこってみたり、どなってみたり、不足をいうたりしていると、しまいには一家の家庭の人にもあいそをつかされて、信徒もぼつ〜と寄ってこなくなって、あきや同然になる、ということや。この御言葉を思いあたる人は、道を正して向きを変えて、教えて通りの道をあゆんでいただきた