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「月日がいちどいうたこと、千に一つも違うことなし」
「天の心は龍頭より通う道はない」
龍頭は親様のこと
会田ヒデ様はイメージで神様のメッセージを受け取っていた
イメージで伝わってくる。
時代にあった教えを説く
6000年→3000年前
極楽浄土の図面をかく。
中山のとき
江戸時代には徳を使い切った

百石もろうて百石食い潰した者ばかりや
天保の大ききん
①天保の大飢饉
天保4年〜天保10年の約6年間
大阪では毎日150人〜200人を超える餓死
各地で百姓一揆や打ちこわしが頻発
明治31年ー
「六十一年お陰始まり夜昼知れんようになるにぎわし普請のかかりような」

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「百年たった替図たれから」
天啓者
明治
下かればすかるほし🔲
見上げる藤の化としなし
人も心かス🔲🔲🔲下がるほど🔲🔲🔲🔲
20
上田奈良糸様
明治40年1
寛政10年4月18日生
明治20年1月26日御昇天74歳
天降り
天保九年10月26日(41歳)
明治20年
御本席様 飯降伊蔵様
天保4年12月28日生
明治40年6月9日御昇天(90歳)
天啓
明治20年(54歳)〜明治40年6月9日(74歳)

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西江戸川区恩じょう通り
一つ一つ礼拝していた。
さんじゃみむね
三社三棟 火水風
国狭土之命様
「火と水とが一の神、風よりほかに神はない」←この時会田ヒデ様は御令をしていた。一人一人御令を申し上げた。
3月15日に    6月9日にしりぞく
神様の結構でございます
直接   前生
まくえげんとうを写すもの
八部縮めて二部説く ←会田ヒデ様が行った。最初は神様から人間の罪の二割は許してあげるから二部縮めて八部説けと仰せでしたがそれでは人が怖がって寄り付かなかったので途中から八部ちぢめて二部説いたら信者がありがたいと言って増えた。
9部ちぢめる。
「今度は、日本が極に陥った時には再び願いをあげよ。その時には月日様にも天下りを頂くからな」
昭和17年7月17日
九ヶ月のお願い
昭和17年4月18日
昭和17年12月23日
午後10時23分頃

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 「台よ、何を言っておる。もうお前の願いはとうの昔に      
届いておった。しかと、一旦、天降りをしてしまうと大病にかかりているも同じこと。お前の体が自己自由無しの体になってしまう。それを思うと不憫で、一日延ばし、一日延ばししてきたのか。しかしもうこれ以上ほかっておいたら、この日本が焼け野原となり、取り返しのつかないことになるからもう人間では治るまいがなあということで、天降ったのや、台よ、そうせめるな、そう嘆くな」
1、国床立之命様
2、国狭土之命様
3、雲読之命様
4、大食天之命様
5、大戸辺之命様
6、伊佐那岐之命様
7、伊佐那美之命様
8、惶根之命様
9、国床立之命様
10、面足之命様
ふかき 風
天恩地恩 天降り
昭和
じかに直接親様  天恩地恩
天楼      月日様
         ↓
        地球上    ここで会田ヒデ様のお体に10社様が天降った。
おやさまに🔲🔲🔲           1から10までの神様すべて会田ヒデ      
                     様の御身体に天降った
自然と物を大切にする 思いやりの心がある。
恩一条
17年  昭和
旧神殿なぜ十年かかったのか?  
もっと古い  親様は神様には申し訳ない、信徒さんに申し訳ない。
       肩身がせまいだろう。早く作らないといけない。お金がないから     
       できない。神殿作りの献金を強制しなかった。無理にはできない
旧も早く作る
ご自身も質素でいった。
みんなの真心を寄せて作りたい。

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絶対お金を強制しない。他の宗教は献金している
親様は信徒に負担をかけたくない。
真心で運営した。
7月29日
「身の上事上にゃなりわせぬ前生今世また来世」
こんなところを生かします。
親様が天降りまで

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