世界心道教徒だけど質問ある?
ということが、下見てとおれ星のかげもなし、ということや。
それから、わが身のことばかり思って、人を思いやる心のない人は、人またわれを思いやってはくれませんよ。
「わが身かわいいは、めくらなり」と、おおせくだされてありますよ。
それから「うたがいと、あんじごころは、めくらなり」とありますから、めくらならんような、心のもちぬしにならしていただきましょうね。
人間の心というものは、とにかく腹の中で、わが身かわいいために人をあざけり、そしり、腹の中にいろいろな心をつかっていると、ひふびょうをわずらいますよ。
「くにさっちのみこと様」のお心にそむいていると、きんせんにもめぐまれませんよ。くにさっちのみこと様のお心にそうていないと、よいおともだちや、
よい心がけの人とえんむすばれませんよ。これがみな、めいめいの心を天にてごらんになって、いろいろな、けっこうなごしはいが、あるのでございますよ。それから、
「つきよみのみこと様」のお心にそわんようなよわたりをしていると、こつまくやら、かんせつやら、いろいろなほねにかんけいした、やまいをわずらいますから、みな心してお暮らしくださいね。
とにかく父親にさからっていると、せきずいやら、きょうだいげんかをしていると、あばらの骨をおったり、つまらんことになりますから、かんせつに、はらをたつこともやめましょうね。
いうことをきかずに、自分かっての日ぐらしをしていると、
「左のてくび」は男の人に、右の手くびは女の人にというように、
「うでのつけねは」左は男、右は女の人を、たたきつけるような心をつかっていると、うでのつけねがいたくなるのです
きょうだいどうしや、親子の中で、何かたのまれても、ハイと答える心がなければ、左は男、右は女というように、「うでのひじ」がいたくなりますのよ。また、「足のふともものつけね」もそのごとく、親のいうことをきかずに、きずいきままな心をつかっていると、左は男、右は女というように、何かいたずらごとをして、人にあとしまつをさすような心の持ち主が、ふともものほねがいたくなるのですよ。それから、「左の足首、右の足首」というように、おたがい様に、心のおちつきのない人が、両足のかんせつがいたくなるのですよ。また、ねんざするのですよ。「ひざのかんせつのいたくなる人は」いつの時でもたちすわりに、もんくをいうて、ふてくさるような心の持ち主が、かんせつ病をわずらうのですよ。
また自分は人にものをたのんでも、思うようにうごかんというて、なんくせをつけるのも、かんせつをわずらうのですよ。
それですから、自分もうごきもせず、人がうごかんというて腹を立って、いつの時でもごうじょうはって、よろこぶ心のない人が、「かんせつがはれあがって」心のおりまがりのない人が、「かんせつがつっぱって」人さんの前へ足をなげ出して、すわらねばならんようになことになるのですよ。
それですから、こうした心をみなやめて、くちさしてもらえば、かんせつのやまいは、わずらうことはありませんでねい。とにかく、おれは、こういう日々の日ぐらしをしていますから、このわたしをしかってください、というように、いつの時でも、自分のもちまいしょうぶんの、かんばんをかけているのでございますよ。
それから、「手のひらの左も右も」ひくいところがあるでしょう。「ひくきをうみとする、四方は山にとりからみ、残るいちぶが親里ずまい」と聞かしていただいておりますが、
「左の親ゆびは」お月様。
「右のおやゆびは」お日様。
「左の人さしゆびは」かしこねのみこと様。その次の
「なかゆびは」おおとのべのみこと様。その次の
「くすりゆびは」つきよみのみこと様。その次の
「こゆびは」いざなぎのみことさま。
「右の人さしゆびは」くにさっちのみこと様。その次の
「中ゆびは」くもよみのみこと様。その次の
「くすりゆびは」たいしょくてんのみこと様。その次の「こゆびは」いざなみのみこと様。そこで、
「左三神が神様、右三神が女の神様」くにとこ様と、おもたる様と、いざなぎ様と、この十社の神様に、いつもひざまずき、しあわせになりますように、四ツかしわでをうって、かしらを下げて、またかしらを上げて、四ツうたしてもらうでしょう。その八社様と、ぎ、み様と、「左の親ゆびが父親、右の親ゆびが母親」このゆびにこしょうのおきる時は、父、母様に、何か心をつかっている時が、ゆびにわずらいがかかるのですよ。「左も右も人さしゆびは」左は腹だち、右はわがみかわいい、これは、たにんの人につかった心のあらわれや。ひょうそうになったり、いろいろなゆびのやまいをわずらうのですよ。「中ゆびの左も右も」おじ、おばというように、こまかくといたらきりなしぶしん、おかげおおかん早くさとりて、兄弟仲よく、もはん青年少女
にならしてもらいましょうね。
「左も右もくすりゆびは」左は男兄弟、右は女の兄弟、父、母様から見れば「左のこゆびは男の子、右のこゆびは女の子」そこでおたがい様が、身上のさわりのある時は、早く本部にはこんで、心の道あけを教えていましたもらって、いっこくも早く、やまいのごりやくをいあただかないと、天の月日親神様や、八方様のお心くだきが、なんにもならんことになりますでね。 そのうちの人は、天のお心のおんものがたりがわからんゆえに、おいしゃ様からゆびでも、足でも、あたまでも、きってしもうて、困ったものやと思いますね。何かしらん心の中に、きらねばならんすなわち、心をやめねばならんことがあるから、天からのおんものがたりをしらんゆえ、いつも天は、ざんねんに思いでございますよ。人間が、
「ほねをわずらうようなことがある時は」人をにくむことをやめて、ごりやくをいただきましょうね。
(世界心道教の教え続き)いっけんの家にたとえたら、人間のほねは家のはしらとおなじでしょう。なぜならば、ふしんをする時、ほねぐみだけはできた、あとは、ぞうさくだけというでしょう。人間もほねにこしょうができたら、からだのしせいがまがるでしょう。人間の家もそのごとく、ほねぐみにこしょうができれば、家が曲がるでしょう。それですから、何ごとによらず、日々世の中をよく見なおして、暮らしていただきましょうね。
それから、くび(はる)のところと、こし(なつ)のところと、ひざ(あき)のかんせつと、足くび(ふゆ)と、これが一年のうちの、春夏秋冬という、四季にわかれてあるのでございますよ。
それから、手のうでのつけねと、手くびと、ひじと、右のうでのつけねと手くびと、ひじとで六ヶ月、足のふともものつけねと、足くびと、ひざと、かんせつと、左のふともも、足くびと、ひざのかんせつとで六ヶ月、これが十二ヶ月の年でございますよ。
「左のうでのかんせつは」、、一月
「手くびが」、、、二月
「ひじが」、、、、三月
「左の足のふとももが」、、、四月
「足くびが」、、五月
「ひざの左のかんせつが」、、六月
「右のうでのつけねが」、、七月
「手くびが」、、、八月
「ひじが」、、、、九月
「右足のふとももが」、、、十月
「足くびが」、、、、十一月
「右のひざのかんせつが」、、、十二月
これで十二月が分かったでしょう。


初心者なので文章汚いと思います。
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