世界心道教 りのさとし
気楽安楽に暮らさして、いただくことができる、ということや。わかったでしょう。
一八日 国狭土之命様 ごくらくの よわたりできる 今日のひや 二七六
なんとめずらし なんととのもし 仏滅 ☆ 九五一
四三八 🐂
ということは、皆さん方が、入信される前と今とは、どう違いますか。実行をしている人は、何んとめずらし御利益をいただいて、何んと楽しみな道やと、喜んで運んでおられるでしょう。
この「会田ヒデ」も、大正十二年末より、入信をさしていただいて、人様をお助けさしていただくのに、願えば助かる。願えば助かる。というありがたい一条で、この道にまい進させていただいてまいりました。そこで御言葉の中に『万国を一つにまとめの甘露台。以の字の中の一点を知れ』と仰せくだされてあります御言葉を、天降りいただいてから伺っておりますが、
『万国を一つにまとめの甘露台様』とは、月日様のこと。『以の字の中の一点を知れ』ということは、伊佐那岐之命様、伊佐那美之命様。この神様の理を受けて、一家の家庭の父母様、それにつらなる子供ということは、『一点を知れ』という言葉の理。
それから書面の一番しまいに、「以上」という言葉を使うでしょう。上という字が、以の字の方から見れば、上下の下でしょう。反対から見れば上(かみ)親子も共ということが「以上」ということだそうな。
また御言葉の中に、『よろずの元の根をほらす、力あるならほりきりてみよ』と仰せくだされてありますが、『この世に生まれさんしていただいてから』と仰せくだされてありますが、『この世に生まれさんしていただいてから、あとさき知りたる者はさらにないから』と仰せくだされてあります通り、『この根のほりかた知りたものなし』と仰せくだされてあります通り、まったくお互様は、これ
から段々と運ばしていただいて、因縁につきあたる前に聞かしていただいて因縁にひっかからずに暮らさしていただくことのみを、研究して暮らしてゆけばよいのであって、研究心のない者は、ともしびに風が吹いたようなもので、ふっと吹きけされたようになりましたから、まこと真実の根強き人になってお暮らしください、ということや。それですから、何んとめずらし何んとたのもしいう、ということもしるわかるでしょう。そこでよくわかったでしょう。
一九日 月読之命様 みなさまよ むほんばらいの このこころ 三八七
さとりとれたら よろずたすかる 大安 ☆ 一六二
五四九 🐅
ということは、昭和二十年の三月の十と五日の午前一時ごろ、東京の洲崎という所に大空襲がありまして、何万という人が爆弾でみな出直しになっておる真最中に、天から突然、『むはん払いの手をつけねば、日本が破滅におちいる』と仰せくだされて、それから、むはん払いの手をつけていただきま
したことを、今日にいたるも、皆さんが朝夕おつとめをさしていただいておるのでしょう。ここのところは、天からの御言葉でございますから、よく聞いて心に治めていただとうございます。それはどういうことであるならば、容易ならざる天の御言葉でございますよ。
『むはんすっきり払うでしっかり助けに甘露台』と願う。はき出す息が空中へとびまわる。そのとびまわっている息を、吸いこむ人が、腹の中の悪気邪念が退ぞいて、おのずと導かれてくるのだそうでございます。
そしてまた、各教会で、支部長や、分講長や、責任役員や、委員や、教師や、信徒の家で、おつとめをされる空気が広がっておる。これを甘露法の雨という。ですから、このお道を聞かしていただいておる近所に火災がおこっても、その息を吸っているのと、甘露の法雨とで、家が焼けないのですが、あくたもくたをゆうておる人が隣におれば、その隣は焼けても、皆さんのお
になっているのでございますよ。
そこで中に反対者がおると、一様の家庭でも、業者でも、会社でも、空気が人間心と信仰心とがショートして、もやのごとくに暮らしている世の中でございますよ。ですから、この道の者が、意気はつらっと心のうちで、『むはんすっきり』と願いながら、ほとりの人にまじこらんよう、心してお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
二〇日 雲読之命様 皆様よ さかきのまいとは なんのこと 四九八
あまくだりたる 元のいんねん 赤口 ☆ 二七三
六五一 🐰
ということは、この世をお造りくだされた、月日親様や八方様のところへ、この台が、『今この世上が、大東亜戦争とか何んとかいうて、日本へ攻めよせてきて、日本の人間が、みなごろしになるというような、危険な状態で皆おびえておりますから、さっそくくに地上へ、この私といっしょに天降っ


にはとんちゃくなく、お助けやら、いろ〜な道も通らしていただきましたが、親からは十一回も、かんどうされ、夫婦別れや、親子別れが三回、最後には離別され、そして昭和十三年に天降りをいただき、昭和十七年には、八社様の天降りをいただき、昭和二十一年には、東京から豊川に引っ越し、二十四年には、諏訪官林へ引っ越しをして、現在の所に落ち着かしていただいておるようなわけでございますから、これから先の道の次第も、理に理がそうてだん〜と、おおにぎわいの心のふしんが始まってくると思う。という親様の入信からの四十四年ぶりでようやくきょうの日でございます、ということや。
ですから、皆さん方も、ひるまずたゆまず、理に理をいただいて、道の発展に努力をしてゆけば、親様月日様、八方様に認められて、今世も来世も来々世もということは、万ごう末代見落しなく、お連れ通りをいただいて