世界心道教徒だけど質問ある?

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初心者なので文章汚いと思います。
誰でも歓迎します。誹謗中傷やご指摘どしどしどうぞ。

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いとわずに、はいはいとはいあがる道や、のぼりきったらおちにゃ通れん」とおおせくだされてありますとおり、お互い様は、けっこうになると、うきあがるくせがありますから、けっこうになればなるほど、おちついて、まじめなうえにもまじめで、暮らさしていただきましょうね。
そこで、うきあがるということは、金銭を湯水のごとくに使って、あるだけの金を使ってしまうと、今世のうちに楽をして通った因縁で、また車をひいて生活をするようなことになるでしょう。それだから神様の御言葉に、「おうと、おわれるとはちがう」とおおせくだされて、ありますとおり、いつも人をひく心、お互いに、「ひくいやさしい心」とおおせくだされて、ありますとおり、ひくいということは、言葉を相手の人に重ねないのが、ひくいのであって、何をこのばかやろう、何をこのちくしょう、と重ねるのが天から

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見られて、「強いもの勝ちけんかばかり」とおおせくだされて、あるのでございますよ。言葉を重ねるのが、因縁をつんでいるのでございますよ。
いつになってもかぎりなく、共になかよく、むつまじく暮らすことがかんじんと思います。さすれば、いつの時でも病けなし、じじょうというものもおこらないし、けっこうずくめになるのはとうぜんと思います。みなさん、これから、いつの時でも、日夜心してお暮らしくださいませ。どんな時でも、

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よいことをした時は、もくげきしゃというものは、なかなかありませんが、悪いことを懺悔する時は、かならずもくげきしゃがありますでね。
天の月日親神様は、たえず人間を見まもっていてくださるのだから、そこで昔から、「天に口なし、人をもっていわしむる」と、昔の人がいうておりましたが、今となってみれば、このたび天よりあまくだりくだされて、何から何まで、御言葉をくだされておられますから、天に口なしではなく、じかに御言葉をくだされて、人にもお話しをきかせてくだされて、こうしてやれよこうとりついでやれよと、いろいろと理というものを、おきかせくださるので、まったくありがたおことでございますね。
とにかく「人が何ごといおうとも、神がみている気をしずめ」とおおせくだされてありますとおり、まったくありがたいことでございますね。

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さいふの話
この親様が大正十二年のすえに、この道のお話しをきかせていただきまして、今年で四十二年かんになりますが、いろいろな、ごりやくをいただきまして、きょうの日でございますが、明治三十一年に、この世に生まれさしていただきまして、この道をきかせていただくまでは、むちゃくちゃな日暮らしをしておりましたが、ふりかえってみさしていただきますと、この世に生まれさしていただいてから二十六才までは、理もひもわからず、ただうかうかと日暮らしをしておりましたが、きかしていただいてから、昭和十三年までと、十三才の年から二十六才までと二十七才から三十九才、すなわち、昭和十一年までと、昭和十二年から二十四年までと、昭和二十五年から三十七年までと、これはみな十三年のふし

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で一つ一つふしからめがでて、けっこうにならさしていただいておるのでございますよ。それですから、人間というものは、うんめいがよくなった時、ういたういたで暮らしていると、うんめいがわるくなると、なかなかうんめいがかいふくしてきませんから、よい時もわるい時も、おてんとう様が、東から西へ、西から東へ、というように、いつもあいかわらずの心で暮らさしていきさいすれば、うきしずみはないものとわれは知る。人間というものは、持ち場、立ち場を、「大切に思う心はもとへ出せ」とおおせくだされてありますとおり、しんこうしんねんがもとでだと思います。そこでみなさんは、一度より二度、二度より三度と、いろいろにきかせていただくたびごとに、天理の話しが、腹の中へうえこまれて、しんこうしんねんをうちこんでいくうちに、しんこうの人になりきって暮らさしてもらうこそ、しあわせと思います。

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なにごとによらず、つまらんことを腹の中へ、ひっぱりこんで、相手をもとめてけんかをしていると、病の根もきれませんし、じじょうの根もきれませんから、いさめるようなけっこうなことは、ひっぱりこんでも、ようきのもとになりますから、よろしいなれど、ぐちやこごとやら腹立ちやら、すぎたることをごたごたと腹の中へ、ひっぱりこむと、ろくなことにはなりませんからね。よくよく味わってお暮らしくださいませ。
善悪の通算
それから昭和十七年のくれに、あまくだりをいただいて、よいことをしたことと、わるいことをしたこととつうさんして、わるいことが一つのこりました。それは、四十五、四十四、四十三というように、どんどんとさかのぼっていって、じんじょう三年、すなわち、十才の時のことでしたが、天から「お前は、これはを知っているか」と、ひいばあさんがもっておられたさいふを、天から見せられてびっくりいたしました。

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そのさいふは、三十六年前に親様が十才のとき、新潟県におらしていただきましたときに、秋祭りがありまして、秋祭りのお祭りにゆくおこずかいがほしくてこまっておりましたが、おとうさんやおかあさんは、柏崎の町のほうにいっておられましたし、おばあさんは、おさんばあさんであったので、村におさんがあったので、とりあげにいっておられたし、お祭りにはゆきたいし、日はくれてくるし、はやくはやくと思いながら、わるいとしりつつ、おばあさんのさいふの中から、二銭どうかを一つもちだして、お祭りにいって佐藤という砂糖屋から、黒砂糖をかって、黒砂糖をかじりながら、お祭りからかえってきて、知らんかおしておりましたが、あとでおばあさんにみつかって、しらべられて、これからはわるいことはしませんからと、ゆるしてもらいましたが、そのころは、天におわびをするということは、一つもわかっていませんでした。
そして、四十五才まで、天におわびをすることは気がつきませんでした。
そして、いろいろとよいこととわるいこと、つうさんの時がきたので、天から「お前はこれを知っているか」といわれました時は、びっくりいたしました、わるいことはできないものだなあ、と思いました。
三十六年も前のことが、今ここで天からつうさんに出ようとは、なんとおそろしいものだなあと思いました。そうしてみると、どんなよいことをしたことでも、わるいことをしたことでも、ぜんあくとわずに、みな天のだいちょうに、しるしてあるのだなあと思いました。そのおばあさんのさいふは、せいむ皮のような、はば十センチぐらいの、高さ五センチぐらいの、黄色のさいふでございました。天からこれを知っているかとお出ましくだされたさいふと、

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いっしょであったので、びっくりいたしました。

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それから、「このつうさんをどうしてするか」と天よりおおせくだされたので、いろいろとかんがえましたが、つうさんするものがないので、くるしんだあげく、親様月日様、つみのおぎないに、この私の命をとってくださいともうしあげましたところ、「お前のからだは、神のやしろともらいうけたのだから、命をとることということはできん」とおおせくださいました。

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そこで、どうしたらよいかわからなくなりましたので、どうしたならば、このつみのおぎないをさしていただけるのでございますかと、おうかがいいたしましたところ、「お前は二銭だまをさいふの中から出して、くろざとうをかってたべたのだから、二世の世のたてかえに、くろうをいとわず、このくろうのさとをたすけると、いうのならゆるしおこう(ゆるしてやろう)」とおおせくださいましたので、ほっといたしまして、これからもなおいっそう心して、この世のあらんかぎり、このたましいのあらんかぎり、この肉体のあらんかぎり、天の月日親神様のおともをさしていただきとうございます。そしてしっかりと、てんゆうをいただきつつ、天地間の作物、そうもくちゅうちくるい、ぎゅうば人間というように、生あるものを一人もれなく、おん助けたまえと、天にちかいましたところ、天もお喜びになって、八方様もお喜びになって、八方様もお喜びになって、「いつの時でも手をうつところなくばならんで」とおおせくだされて、日夜場所も、所も、所もかまわずに、天におすがりをして、みなさんに助かっていただいておるのでございますよ。それですから、人間というものは、よいこともしているが、わるいこともなかなかたくさんあるようでございますね。それですから、「お互い様は、日々心しても
お暮らしください」といつも言わしていただいておるのでございますから、みなさんも、心しても
お暮らしくださいね。

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