世界心道教徒だけど質問ある?
心が高慢または心が高いと試験に落ちる
怒ってばかりいると知恵と徳が減る。
怒ってばかりいると頭が悪くなる。
怒ってばかりいるとハゲになりやすい。
怒ってばかりいると早死にしやすい。
昭和三十九年六月二十日午前十一時四十五分御書取り
子ども講習につき御言葉御願い(おことばおんおねがい)
三十八年度子供会の御言葉の、つづきがらの御言葉を、天からいただいてあげますから、この御言葉も、くりかえしくりかえし読んで、あじわって、わからんところは、月々はこばしてもらった時、この御本を持ってはこんで聞かせてもらってください。よくわかりましたね。そこで、あれがほしい、これがほしいと、日夜欲の心で暮らしていると、月日様の御意志にかなわんから、月日様が、人間に入りこんでくださらないから、いろいろなものを、人からいただくことはできませんよ。「望む心の根をたやせ。あざやかとなる心しあんせ」と、おおせくだされてありますとおり、あれがほしい、これがほしいというて暮らしていると、ほしいほしい
負けるが勝ち
言い負かすと負けてしまう。徳が言い負かされた相手の方にいってしまう。父親をたたく(批判または不平不満をいうと)とお金に困る
189の続き)のほしだらけになりますから、自分よりしあわせものはないと、喜んで暮らすにありと思います。自分より暮らしのよい人を見ると、「上見れば、ほしいほしいの星だらけ下見て通れ星のかげもなし」と、おおせくだされてありますが、自分らよりあまり暮らしのよくない人と、自分とを、くらべて通れば、ほしいほしいという心は、わいてきませんでねい。
とにかく、おたがい様が、ほしいという心、おしいという心を使って、お前はよけいなことをいうな、だまっておれ、という強い心を使ったり、あんなものには、もう口はきかんというて、腹を立って、無口で暮らしているとおし⭕️んぼになったり、聞こえても聞こえないふりをしていると、つん⭕️ぼになったり、お互い様に、月日様が、「おし⭕️つ⭕️んぼ、おしつおされつ通りきた、強き心をとれば助かる」と、おおせくだされてあります通り、皆さんが成長
して、所帯をもって子供があるようになってから、おしつんぼの子供や、つんぼの子供がさずかるようなことはありませんから、日々の日暮らしに、人を思いやって暮らす心が第一と思う。 そこでわが身かわいいの心がじゅうまんしていると、国狭土之命様の御心にいはんするから、「わが身かわいいはめくらなり」とおおせくだされてあります通り、世の中でも、よくいうておりますが、あいつはよくで目が見えない、というでしょう。それだから、あるていど、人をうたぐってみなくてはならんかしょもありますが、うたがい心を、あまり使わん方がよいと思いますねい。日々の暮らしは、なるようにゆくように、親の心(天の御心)を心として暮らしてゆけば、案じはいらんと思いますが、うたがいと案じ心も、欲からはじまるのだから、いろいろと目が悪くなるいんねんも、日々つむのですから、いつもた
えずに、つまらん心のおこる時は、思いがえをして暮らしてください。金銭不足は、皮膚病をわずらうもとになりますから、日々にぶつぶついうて、不足をして暮らすこともやめてくださいね。家中の人も、外の人も、よくけんかをする時があるでしょう。その時は、夫婦げんかや親子げんかは、やめさしていただきとうございます、と天にお願いをしてお暮らしください。また、おとうさんやおかあさんやが、けんかをしている、困ったものやと、不足をいうている時は、けんかのうずの中にはいって、いっしょにけんかをしていることになりますから、けんかにたいして、やっきにならんよう、気をもみはじめると、顔があつくなって、目のまわりに熱をもって、トラホームやら、けつまくえんやら、かくまくやら、それをつのり重ねていると、そこひやら、いろいろな目のやまいをわずらって一代め⭕️くらでくらさにゃならんようになりますから、けんかの中へはまりこ
まんようにしてお暮らしください。それから、にくい心を使っていると、つきよみのみこと様のお心にそむくから、がんめんしんけいつうになったり、こしぬけのい◯ざりになったり、骨の病いのこつまくになったり、にくしゅになったり、一代足こしの立たん、なんぎな思いをして暮らさにゃならんことになりますから、おたがい様に、いいどおりのつよい、自分は、どこまでも正しいのだ、というごうじょうな心をやめて暮らさんと、人ににくまれて、人にへだてられて、なんでおれは人がよりつかないかなあ、とくやしがってくらさにゃならんから、人をにくむ心や、人ににくまれる心をけんきゅうしてお暮らしください、わかったでしょう。それから、お道のことは、においがけもし、お助けもし、心のかいりょうもし、本部にはこびもし、五拍子そろった、どこから見ても欠点のない、すなおやさしい、話しのよくわかる人がちで、どこにも欠点の
のない、あたたかい心の持ち主であっても、腹の中できょくぶてきに、相手方をうらみ、相手方が、自分の心に気にいらんと、部分的れいたんな心を使っていると、くもよみのみこと様の、お心にそわんから、ろうがいの病い、すなわち、はい病ろくまく、六かんしんけいつう。
なんでもかんでも自分のすることはまちがっていない、人はなんでも、おれにさからうやつは、ろくなめにあわんというて、きつい心の持ち主で、思うようにならんと、腹の中でむかむか腹を立って、がいかんはやさしく見えておっても、腹の中ではにえくりかえる心を使って、つめたい心の持ち主であるから、こうゆう人には、うかうか口もきけないようなことになってしまうからこうゆう心はやめたほうがよいと思う。いくらといて聞かされても、聞かされても、なかなかじがねという前生からの持ち前性分(もちまえしょうぶん)というものは、なかなか改良ができないとみえて、なかなか病いの根切れには、むずかしいよう
でございますねい。それから、なにかにつけて裏表のある人で、困ったことだと思います。そして、きれいずきでまわりから見れば、自分ではきたないことをしているのだが、自分のすることは、なんでもきれいで、人のすることは、気にいらなくて、なんでもみびいき身がってが強くて、ねたみ心が強くて、人にねたまれると腹を立って、こうゆう人にかぎって、約束はぜったいに守らなくて、相手方から約束を守らないといわれると、わしはこう思ったけれど、そうはいかなかった、といいわけをして、人をいいまかして、とくいになって、自分にとくのいくことであったら、頭の一つぐらいなぐられても、人にはじをかかされても、はじをはじとも思わん人で、それから自分に気にいらなくて、腹を立つと、こんどは相手の人がなにをいっても、うけいれない人で、ゆうずうのきかない人で、自分かっての日暮らしをしている人であって、
自分の願いを、人にかなえさすときは、むやみやたらとおせじを使って、ぺこぺこ頭をさげてたのんでるが、思いが通ると、またもとの腹立ちをもちさげて、相手の人のことは、ぜったいにもちいない人で、それはそれは、自分かってな人で困った人だと思います。こうした心の持ち主が、くもよみのみこと様の御心(みこころ)にいはんしているから身上にかかると、なかなかごりやくがいただきにくいと思う。それから、かしこねのみこと様の御意志にいはんする人の心使いは、かくの病い、すなわち、がん、いんこうがん、ちょくちょうがん、ちょうがん、いがん、しきゅうがん、がんというがんが、皆不足腹立ちのかたまり。かたまり一つ、しん一つ、なにがなんでも、どこもかしこも。いっさいの不足をやめて、道をやらしてもらう心なら、がんの病いは根切れになりますが、自分はりこうで、人はばかで、人をがんかにみくだして、おれがわしがの、げんこつならべて暮らしている人が、しょうしょうずつ、ばかと言われた人のほうへ、りきちをとられて、自分がばかになっていることに、心づかんのが、人の心だと思います。


初心者なので文章汚いと思います。
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