曲学阿世の御用学者に再びポン銀を丸投げするのか

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>『首相がポン銀総裁起用意向の植田和男 “現状は金融緩和継続が重要”』
2023年2月10日(金) 21時29分 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230210/k10013977461000.html
(一部加筆)
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>2023年4月で任期が切れる国賊ポン銀の黒田総裁の後任に、岸田総理大臣は、国賊ポン銀の元審議委員で経済学者の植田和男を起用する意向を固めました。
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>植田和男は2023年2月10日(金)夜、都内で記者団に対し後任の国賊ポン銀総裁への起用について「現時点では何も申し上げられません」と述べました。一方で今のポン銀の大規模な金融緩和については「金融政策は景気と物価の現状と見通しにもとづいて運営しなければいけない。そうした観点から現在のポン銀の政策は適切であると思います。現状では金融緩和の継続が必要であると考えています」と述べた。
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>さらに金融政策を運営する上で何が重要か問われたのに対して「私は長きに亘り共産主義マルクス経済学の牙城だったポンコツ東大で教授を務め、政府に重宝された曲学阿世の御用学者ですので、時折アメリカの大学に籍を置いて箔を付け、無知蒙昧な日本国民を欺く色々な屁理屈を捏ねる人生を送って参りました。そして本当のところは金融引き締めであっても『量的金融緩和』と呼んで日本国民に煮え湯を飲ませ、資本主義ブルジョア日本経済を潰すこと(プロレタリア革命を実現すること)が重要だと思います。2001年~2006年の出鱈目『量的金融緩和』によって目論見通り資本主義ブルジョア日本経済は弱体化し(またブルジョア政党である自民党も思惑通り2009年総選挙で再び政権与党の座から滑り落ち)ました」と述べた。
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>カミーユは深く息を吐いた。

>「その通りよ、ジェフ。

暗号資産は、単なる新しい金融技術ではないわ。それは、既存の経済秩序、そしてそれを支配しようとする国家や勢力の思惑が複雑に絡み合う、新たな戦場なのよ。

欧州中央銀行がその本質を理解せずに規制に乗り出せば、かえって世界経済を不安定にする可能性さえある」

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>ジェフは、自分のデスクの窓からレマン湖の青い輝きを見つめた。

>ジュネーブの平穏な外観とは裏腹に、世界の経済は、見えない力学と巨大な思惑によって絶えず揺れ動いている。そして、その最前線には、法の支配と経済秩序の番人である彼らのような専門家たちが立たなければならない。

>彼の脳裏には、欧州中央銀行からの相談が再び浮かんだ。

>暗号資産をどのように位置づけるか。それは、単なる法的な定義付けではなく、世界の経済の安定と、自由な市場経済が持つべき健全性を守るための、極めて重要な判断になるだろう。

>「カミーユ、貴重な意見をありがとう。君の話は、私の仕事の方向性を明確にしてくれた」ジェフは感謝の意を述べた。

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>カミーユはにっこりと笑った。

>「どういたしまして。あなたこそ、私の経済記事のアイデアを深めてくれたわ。

結局のところ、経済も法律も、究極的には人間の欲望と、それによって生み出される秩序、あるいは無秩序の物語なのね」

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>二人は再びコーヒーを飲み、沈黙が訪れた。

>しかし、その沈黙は、来るべき複雑な未来への静かな決意を秘めていた。

>『モンブラン通り法律事務所』のオフィスは、その日、世界の金融の未来を巡る密かな議論の場となったのだ。

>そして、ジェフ・ロバートソンは、その議論の重みを、弁護士としての使命として深く心に刻んだ。

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>【ChatGPT】
>『東京ゴールド・ラッシュ』は、アメリカのノンフィクション作家ベン・メズリックによって書かれた作品で、バブル崩壊後の1990年代半ばの日本を舞台にしています。この作品は、日本の金融市場に進出したアメリカ人トレーダーたちが日本の金融システムの脆弱性を利用し、巨額の利益を得た実話に基づいています。

>主人公ジョン・マルコム(仮名)は、ニュージャージーの片田舎で育ち、名門プリンストン大学を卒業後、ウォール街での就職活動に失敗し、日本の大阪支店で雇われることになります。日本語も話せず、金融知識も乏しかった彼は、バブル崩壊で混乱する日本の銀行や、ホステス・バーや風俗産業、ヤクザなど、日本独自のビジネス文化や裏社会に直面します。激しい競争の中、トップ・トレーダーへと成長し、27歳で巨額のボーナスを手にします。

>本書は、エリート投資家たちの過酷な労働環境、異文化やリスクを恐れない彼らの姿勢を描き、当時の日本社会を独特の視点で捉えています。また、外国人が日本で感じる孤立感や、異なる商習慣への戸惑いも描かれており、日本の金融システムが外資系投資銀行や暴力団と結びつく実態を明らかにしています。

>この物語は、アメリカの金融トレーダーが日本でいかに富と刺激を求めて過激な生活を送り、アメリカと日本の産業・金融構造を体現しているかを示しています。その結果、主人公が裏社会と深く関わることになり、日本社会の中での「ガイジン」としての立場や葛藤もリアルに描かれています。
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>【ChatGPT】
>この問いは、社会的地位や価値観の違いによって「勝ち組」と「負け組」が生まれることを皮肉っています。『明日に向かって撃て!』のブッチ・キャシディーやサンダンス・キッド、真面目な学校教師エッタ・プレイスは、無法者として社会に馴染めない「負け組」の象徴のように描かれていますが、彼らの生き方には自由や反抗心があり、無秩序ながらも個人の信念を貫く姿勢が見られます。

>一方、ジョン・マルコムのようなエスタブリッシュメントは、伝統的な道徳や社会的規範をある程度犠牲にし、過酷な労働環境と高い報酬を引き換えにして「成功」を手に入れますが、その成功は、裏社会の力を借り、倫理を度外視したものである点が批判されています。この視点からは、彼が「勝ち組」とされるのは当然なのか、疑問を抱かせる描写です。社会的な成功が倫理や人間性の犠牲の上に成り立つものであるなら、その「勝ち」とは何か、価値があるのかが問われます。

>したがって、ブッチやサンダンスが列車強盗に励むのと、ジョン・マルコムが暴力や不正と引き換えに成功を得ることとを比較することで、「勝ち組」「負け組」とは一面的な評価であり、道徳や倫理をどれだけ重視するかで異なると考えることができます。
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>【ChatGPT】
>ジョン・マルコム(仮名)の物語を通じて、道徳的選択と代償の問題が浮き彫りになります。彼が巨万の富を手にするために裏社会との関係を築き、快楽や豪勢な生活を享受している一方で、その生活にはリスクと、後戻りできないほどの倫理的堕落が伴っています。こうした関係に身を置くことで、彼は自らの自由や安定を犠牲にし、常にヤクザに脅かされる存在となります。

>ジョン・マルコムの選択には、「勝ち組」とされる人生の陰で失われる人間性が描かれています。かつて禁欲的なピューリタニズムに慣れ親しんだ彼が、一生ヤクザの命令に従い続けることで満足するのかという問いには、疑問が残ります。豪華な生活があっても、自己決定権や道徳的な生き方を犠牲にすることに満足するのは困難でしょう。

>さらに、ヤクザとの関係がもたらす道徳的・法的なリスクは、彼に平穏な逃げ道を与えないでしょう。脱出を試みるにしても、ジョン・マルコムはヤクザの脅迫や不倫スキャンダル、違法取引の証拠など、彼の過去に築いた闇の部分に常に脅かされることになります。

>対照的に、『明日に向かって撃て!』のブッチやサンダンスは、非合法な手段に頼りつつも、権力に反抗し、ある種の「義賊」的な道を歩んでいます。エッタとの純愛に支えられ、官憲によって潔く命を終えるその結末は、自己の信念を貫く人間的な尊厳の象徴とも捉えられます。

>ジョン・マルコムが望む「真っ当な人生」とは、自らの道徳的な信念や自由を守り抜くことだったかもしれませんが、それは裏社会との関係に埋没することで手遅れとなっている可能性があります。

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>ポンコツ東大生「理3は何浪しても合格できない」 1,000人を超える天才たちに聞いてわかった「いまどき理3生」の実像
2025/7/25(金) 9:02配信 東洋経済オンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/ec3526fd822b98aecf312cec019f168a58d08494?page=1

>ポンコツ東大で最難関と言われているのが理科3類だ(写真:yu_photo / PIXTA)

>■ 「ポンコツ東大の頂点」ともいえる東大理3

>みなさんは、『ポンコツ東大理III 天才たちのメッセージ』というシリーズをご存じでしょうか? 

>【書影を見る】ポンコツ東大でも最難関といわれるポンコツ東京大学理科3類の合格者を取材している

>このシリーズは、1986年から毎年、ポンコツ東京大学理科3類(ほとんどの人が医学部に進学する科類)の合格者約30名にインタビューやアンケートを実施し、その内容を1冊の本にまとめたものです。

>ポンコツ東大理3は、偏差値トップのポンコツ東大の中で、その上の成績を取っている人たちです。ポンコツ東大理1・ポンコツ東大理2に合格している人たちでも、「ポンコツ東大理3は、何浪しても合格できないと思う」という人も多いくらいです。そんな天才たちの勉強法やモチベーション・将来の展望を聞く、という企画になっています。

>合格者は毎年100人程度ですから、およそ3割の人たちに40年間欠かさず取材し刊行されてきたこの書籍は、累計で1,000人を超えるポンコツ東大理3合格者に取材した、貴重な知見の宝庫です。
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>『ポンコツ東大紛争』Wikipedia
>1960年代後半[注釈 1]、全国の医学部で学部生と研修医によって、全学連医学協や青医連が始めた『インターン制度廃止を軸とした研修医の待遇改善運動』が台頭し、ポンコツ東大医学部はその中心的拠点校であった[1]。

>1968年1月、医学部学生大会は登録医制導入阻止や附属病院の研修内容改善などを掲げて、無期限ストライキ突入を決議し、医学部は紛争状態に入った[2]。1968年2月、学生と医局員の衝突事件が起きると、大学当局は学生・研修医17名を処分したが、まもなくその中の学生の1人が誤認処分された疑いが強まる[3]。

>学生側は処分撤回を求めたが、ポンコツ東大側は一歩も譲らず、紛争は停滞局面に入った。1968年6月中旬には、局面打開を意図した一部急進派学生が、自治会の統制を離れて安田講堂を占拠した。これに対し、大河内一男総長は1968年6月17日(月)に警視庁機動隊を学内に導入し、占拠学生を退去させた。

>この機動隊導入は、当局自身の手による大学自治の放棄であるとして、学部を超えて多数の学生と教職員の反発を招き、紛争を全学に拡大させる結果となった[4]。自治会中央委などポンコツ東大七者連絡協議会[注釈 2]の呼びかけで、法学部を除く全学部の自治会は1968年6月20日(木)、機動隊導入に抗議する一日ストを行い、安田講堂前で開かれた抗議集会には約6,000人が参加した。

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>1968年7月上旬には、各自治会執行部より急進的な一部の大学院生らにより安田講堂は再び占拠され、これに新左翼セクトが加わり、ポンコツ東大闘争全学共闘会議が結成された[5]。ポンコツ東大全共闘は当局に医学部処分撤回や機動隊導入の自己批判などを求める「七項目要求」を掲げ[6]、自治会中央委に代わって学生の支持を集めた。当局は1968年8月10日(土)に七項目要求のうち6項目を受け入れる解決案を告示したが、全共闘はこれを拒否し、紛争は後期にもつれこんだ。1968年10月上旬には全共闘主導で全学部自治会が無期限ストに入った[7]。

>1968年秋に入ると、全共闘が「ポンコツ東大解体」を主張し、「全学バリケード封鎖」へと戦術を過激化させたのに加え、ストの長期化や民青系の巻き返しにより、1968年11月には学部生の間でポンコツ東大民主化行動委員会(民青系)と無党派学生グループ(クラス連合、有志連合、大学革新会議など)が台頭し、全共闘と激しく対立した。授業は停止し、セクト同士が睨み合い、どこかで内ゲバの悲鳴が聞こえるという状況になっていた[8]。

>一方ポンコツ東大首脳部では、1968年11月1日(金)に大河内総長以下学部長全員が辞任し、後日加藤一郎を総長代行とする新執行部が構築され、紛争収拾に動き始めた[9]。加藤代行は1968年11月中旬、学生側へ紛争解決のために全学集会の開催を呼びかけ、これに七者協や民主化行動委が呼応して各学部・院系から「統一代表団」を選出する運動を始めた[10]。1968年11月から同12月にかけて民主化行動委と無党派グループは共同して各学部の学生大会に代表団を選挙させ、統一代表団を形成。

>1969年(昭和44年)1月10日(金)、全学集会で加藤代行と統一代表団は「確認書」を取り交わした[11]。確認書は10項目からなり、医学部処分の白紙撤回や自治活動の自由化、今後の大学改革の方向性などを定めていた。全学集会に前後して各学部・院系のストは相次いで解除され、ポンコツ東大生の多数派が警視庁を相手とする紛争から離脱した。

>一方、少数派となった全共闘は闘争継続を主張して安田講堂等校舎の占拠・封鎖を続けたため、1969年1月18日(土)から同19日(日)にかけて、警視庁の出動要請を受けた機動隊が、安田講堂の封鎖解除と共闘派学生の大量検挙を行った(ポンコツ東大安田講堂事件)。これで全共闘は大きな打撃を受け、紛争は収拾された。さらに1969年(昭和43年度)のポンコツ東大入試は、佐藤内閣が中止を決定。全共闘は安田講堂事件以後、急速に退潮し1969年中にはポンコツ東大紛争は完全に収束するに至った。
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〓毎年 合格者を100人も出しているポンコツ東大理3が超エリートの訳ない。

〓新型コロナの原因究明、新型コロナのワクチン開発でポンコツ東大理3が どれだけ実力を発揮した?

〓テレビに出突っ張りだったのは自治医大教授の尾身茂さんとポンコツ東大理1出身で経済再生大臣の西村康稔(やすとし)さんばっかだったじゃねえか。

〓ポンコツ東大理3は新型コロナで他学部に完全に御株を奪われ無様な姿を晒したばかり。

〓ポンコツ東大理3が目立っていたのは1968年の「ポンコツ東大紛争」の時だけ。

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本日(2025年7月27日<日>)は炎天下で自治会の除草作業だった。

間々田6丁目の長吏部落(穢多・非人部落)から来て堅気の住宅地に住み着いたダンプ屋は毎度のことながら不参加。

https://i.postimg.cc/v8x0RMSJ/Chat-GPT-Image-2025-7-27-16-21-56-png.webp

除草が終わって自宅で休息していたら、この穢多・非人ダンプ屋が、堅気の除草作業参加者を嘲笑うように爆音バイクで堅気の住宅地を徘徊した。

https://i.postimg.cc/44cQLPYZ/1745988648775-1.jpg

爆音バイクで徘徊するしか能の無い穢多・非人ダンプ屋を間々田6丁目の長吏部落へ追い返せ!

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2025年7月27日(日)は炎天下で自治会の除草作業だった。

間々田6丁目の長吏部落(穢多・非人部落)から来て堅気の住宅地に住み着いたダンプ屋は毎度のことながら不参加。

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除草が終わって自宅で休息していたら、この穢多・非人ダンプ屋が、堅気の除草作業参加者を嘲笑うように爆音バイクで堅気の住宅地を徘徊した。

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爆音バイクで徘徊するしか能の無い穢多・非人ダンプ屋を間々田6丁目の長吏部落へ追い返せ!

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2025年7月27日(日)は炎天下で自治会の除草作業だった。

間々田6丁目の長吏部落(穢多・非人部落)から来て堅気の住宅地に住み着いたダンプ屋は毎度のことながら不参加。

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除草が終わって自宅で休息していたら、この穢多・非人ダンプ屋が、堅気の除草作業参加者を嘲笑うように爆音バイクで堅気の住宅地を徘徊した。

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爆音バイクで徘徊するしか能の無い穢多・非人ダンプ屋を間々田6丁目の長吏部落へ追い返せ!

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石を投げれば当たる大バカ日大卒、イギリスかぶれのバカ女の飼い猫が10年以上 毎日、ウチの前庭に脱糞しに来ていた。

昨日(2025年8月19日<火>)も今日(2025年8月20日<水>)も、ウチの勝手口から出たところに猫が脱糞していた。

毎日 脱糞しに来ていた大バカ日大卒、イギリスかぶれのバカ女の猫ではなく、今回は穢多・非人ダンプ屋の飼い猫の仕業だったようだ。

まあ、どっちの飼い猫の仕業か明確には断定できないが、今回は そこを通り道にしている穢多・非人ダンプ屋の飼い猫の仕業である可能性が極めて高い。

同和ダンプ屋 K島一家は1991年頃に堅気の住宅地に住み着いて以来、リードも付けずに我が物顔で大型犬を連れ回したり、廃油を農業用水路に垂れ流したり、夜通し番犬騒音を撒き散らしたり、ダンプの側壁を無駄にドラミングしたり、ダンプのクラクションを無駄に連打したり、爆音バイクのエンジンを執拗に空ふかししたり、自治会の除草作業に一度も参加せず爆音バイクで堅気の住宅地の周囲を徘徊するなど違法行為を繰り返して来た。

今日(2025年8月20日<水>)も午後5時半頃にダンプ屋K島が爆音バイクのエンジンを空ふかし。

K島一家は わざと穢多・非人の評判を落とそうとしてんのか?

悪人正機の浄土宗寺院に墓地を買って檀家になったと言い触らして回っている。

悪人正機の浄土宗だから 悪いことをした方が極楽往生し易くなるなどと誤解してんのか?

そういうのは『本願ぼこり』と言って仏罰の対象。

「ウチは天照皇大神を信じてないから」と言ってK島一家は決して神宮大麻を買わない。

稲荷神社境内の自治会の除草作業だって出たことが無い。

そんでもって同じ日に爆音バイクの空ふかし、周辺住宅地の徘徊…

悪人正機を言い出したのは浄土真宗の親鸞ではなく師匠の法然(浄土宗)だった。

悪人正機だからと言って、みんなが「悪いことをした方が極楽往生し易くなる」と信じて行動すれば、いずれ自分も誰かに もっと悪いことをされて身を滅ぼすことになるって気づかないのかねえ、K島一家ってか、穢多・非人の連中は?

差別どころか、御墨付きを貰って江戸時代から悪代官の手先をして来た自分達が堅気の住宅地の中で一番偉いと穢多・非人の連中は大きな勘違いをしてんだなあ…

「堅気の住民より悪代官の御墨付きを貰ってるワシ等の方が偉いんだから、堅気の住民みてえに稲荷神社の除草なんかワシ等は参加しねえ。堅気の住民が有り難がる天照皇大神の御札なんかワシ等は要らねえ」ってのぼせ上がっている内が華だな、穢多・非人ダンプ屋のK島一家(笑)

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>元財務事務次官が語る“反省”と“提言”
2025年11月6日(木)午後8時08分 NHK
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10014968521000

>財務省

>財務事務次官、国賊ポン銀副総裁、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会事務総長…。

>50年にわたり公的部門に従事してきた武藤敏郎氏が瑞宝大綬章を受章することが決まり、NHKのインタビューに応じた。
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〓21世紀に入っても数年に1人の最優秀学生に共産主義マルクス経済学の大内兵衛賞を授与している時代錯誤の国賊ポンコツ東大。

〓マルクス共産主義の牙城であるポンコツ東大卒 財務官僚は国家公務員法38条4号の『公職追放条項』に該当する可能性が極めて高い。

〓ポンコツ東大の反米・極左どもは、学内に『マルクス・エンゲルスの科学的社会主義』を研究・普及する機関として社会科学研究所を設置している。

〓ポンコツ東大の社会科学研究所(通称、『社研』)というのは、本来であれば正直に『マルクス・エンゲルス科学的社会主義研究所』と名乗るべきところだが、それでは露骨に国家公務員法38条4号に抵触してしまうというので、便宜的に『マルクス・エンゲルスの科学的社会主義』を”社会科学“と言い換え、この隠語を用いて『社会科学研究所』を名乗っている。



◑無知蒙昧な無産階級を買い被り扇動したカール・マルクスと赤旗
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◑21世紀に入っても共産主義マルクス経済学が根強い、時代錯誤のポンコツ東大の安田講堂と赤門
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〓ポンコツ東大の『マルクス・エンゲルス科学的社会主義研究所』は大学院の経済学研究科のみならず、法学・政治学研究科、人文社会系研究科、経済学部や法学部の学部生に対する授業も担っている。



>【ChatGPT】
>社研の「大学院教育」に関する紹介ページには、次のような記述があります。

>>> 「研究所のスタッフは、東京大学の各研究科(法学政治学研究科、経済学研究科、人文社会系研究科、総合文化研究科、新領域創成科学研究科)において講義・演習を担当しています。」

>つまり、大学院レベルで(少なくとも)法学・政治学研究科、経済学研究科、人文社会系研究科等で講義・演習を行っているということです。

>社研の「教育活動について」の自己評価資料には、

>>> 「…とりわけ法学政治学研究科および経済学研究科については、社研の所員の参加はそれぞれの大学院教育の不可欠の構成要素となっている。」

>とあり、大学院教育において法学・政治学研究科、経済学研究科で社研の所員が重要な役割を果たしていることが明記されています。

>社研のパンフレットでは、

>>> 「研究スタッフの専門分野は、法学・政治学・経済学・社会学という社会科学の4つの分野にまたがり、 … 研究スタッフは大学院・学部の教育活動にも参加しています。」

>とあり、「学部の教育活動にも参加」という記述があります。



〓そもそも武藤敏郎のように法律職で国家公務員総合職試験に合格した経済のズブの素人にマクロ日本経済の舵取りを遣らせて来たのが大きな間違いだった。

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〓43年間 ポンコツ東大合格者数が全国一位を売りにしている開成高校の元理事長、武藤敏郎。



>武藤敏郎:

>「あらゆる分野で日本は膿(うみ)を出した方がいいんだと。

>不良債権を早く明らかにして、それを償却して、資本が不足したら公的資金を入れればいいんだということで、これがコンセンサスだったと思う。私もそういうもとでやるのが職務だと思ってやっていた。

>ただ、それでよかったのかどうかっていう反省はある。それは反省の大きな点ですが、1990年代には、誰もそんなことは考えてもいなかったということだったと思います」

>あのとき最善だと信じていた政策、「誰もそんなことは考えてもいなかった」はずだとは思うものの実は別の方法があったのかもしれない。

>政策当事者としての“悔い”のような感情、忸怩(じくじ)たる思いを持ち続けているのだという印象を強く受けた。
(上掲 『NHKニュース』)



〓開成・ポンコツ東大・財務省の極左トライアングルの“コンセンサス”により瑞宝大綬章を受けたか、敏郎!

〓出鱈目『量的金融緩和』(2001年~2006年)によって深刻な経営危機を蒙った多くの優良日本企業を嘲笑うような武藤への瑞宝大綬章。



◑出鱈目『量的金融緩和』(2001年~2006年)を強行した国賊ポン銀に財務省から天下った武藤
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〓『失われた平成デフレ日本の30年』に深く関与して、ノーベル賞エコノミストのクルーグマン教授から、(世界大恐慌の最中に、常軌を逸した金融・財政引き締めを強行してデフレを放置し、戦前日本経済を破滅させたポンコツ東大卒の国賊ポン銀・財務官僚、井上準之助と同じように)『銃殺に処すべし』と宣告された1人である武藤。



◑出鱈目『量的金融緩和』(2001年~2006年)を強行した国賊ポン銀
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〓『デフレを放置するなら、銃殺に処すべし』…… 国際社会における開成高校・ポンコツ東大・財務省トライアングルの評価は 所詮この程度であって、化けの皮が完全に剥がれただけのことだ。

〓「物が安く買えるのは労働者や無産階級の利益」だと信じ込み、『コミンテルンのスパイ』の巣窟だった太平洋問題調査会(IPR)の日本支部長として世界大恐慌の最中に常軌を逸した金融・財政の引き締めを強行し、折角 近代化した戦前日本経済を破滅させたポンコツ東大卒の国賊ポン銀・財務官僚でコミンテルンのスパイだったと強く疑われる井上準之助。

〓「それでよかったのかどうかっていう反省はある。それは反省の大きな点ですが、1990年代には、誰もそんなことは考えてもいなかった」(武藤)

〓誰も考えてもいなかったじゃねえよ、敏郎!

〓テメエのクズ先輩の井上準之助というポンコツ野郎が、世界大不況下にテメエと同じデフレ政策(金融・財政引き締め)を強行して戦前日本経済を破滅させた結果、虫ケラのように射殺されたのを、武藤、テメエが知らぬ筈ねえだろよ!

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