世界心道教 りのさとし
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そうするとむすこが、「おとうさん、おとうさん、わしはねい、一つもむだ使いはしていないよ、芸術のぎょくだいがい何んぼで、さしみが何んぼで、さかなが何んぼで、すの物が何んぼで」と言いて、ことこ細かく話しをしてくれたそうでございます。そうするとおとうさんが、「おお、そうか、そうか、そうして勘定してみれば、一つもむだはないなぁ」と言ータそうな。
こうした話を聞かしていただいた時に、おとうさんが、「おれも行って金を使ってくるぞ」と言うたけれど、「せがれは何もしないから」と言って、金を使うことをおとうさんはやめたそうな。おとうさんは金を使わないうちだから、それでむだではなかったが、せがれの方人は横道の方へそれて、始めからしまいまで、むだなことをしているのでしよう。
人間というものは、知らず知らずのうちに、むだばかりやって暮らしている人もありすようには思いますが、むだばかりしていると、
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しまいには赤字になって、正氏の体の置きどころのないようなことになって、上のやっかいにならねばならないようなことになりますから、むだをはぶいて内容充実で平凡な暮らしが幸福の元と思う。
経済を重んじて、経済の中から承知のうえで、許すはんいの内の物見遊覧ぐらいはよいと思いますが、飲みにいったのがやみつきで、とことまですやってしまうと、一家が皆路頭に迷わねばならんようになりますからね。世上の人のたとえ言葉のとおり、「一匹狂えば千匹狂う」と世のことわざも決してそうではありませんから、日々心してお暮しください、ということや。年をとってからのことがむだをはぶいて暮せば気楽安楽、ということや。本文にあるとおり、末は長者になるは当然、ということや。わかったでしょう。
二八日
大戸辺(おおとべ) にちにじに じかねをだしていたのでは 八四三 ☆ 六二七 一九五
一日之命様 てんのうけとり ないとこそしれ 先負
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人間という者は、じがねを出して暮らしていると、天からの利益は絶対になりませんでねい。何がじがねなら、持ち前前性を使い出して、自分のつとうのよいことばかり考えていると、本部へも運べない、心の改良もできないし、つくし運びもできないし、においがけもお助けもできないし、しゅはんらんかんことになりますねい。
人間の心のじがね、というものは、いたるところに心を使い出して、悪い時ばかり本部に運んで暮らしていると、一年のうちに二度ぐらいで、悪い時ばかり運んでいると、持ち前前の話しでもちきられるから、外に陽気になるような話を聞かしていただくところまでは話ができないので、お助けの仕方がよいとか、悪いとかといって、不足不足で帰宅をしている人もあるにはたくさんありますが、まったく困ったことだと本部では思っておりますが、
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いうことや。悪い時ばかりこないで、何事もない時に足繁く運んで、しっかりと助かっていただきたいと思いますがい、皆さんもこの御言葉をよく味わってください、ということや。よくわかったでしょう。
二九日
岐様(きさま) おたがいは かってまちがい たなにあげ 九五四 ☆ 七三八 二一一
一日之命様 ひとのすること どうやこうやと 仏減
強い者勝ちけんかばっかりで日を暮らしている人も、世の中にはたくさんあるように思いますが、皆さんはいかがでございますか。あれやこれやとけんかをふっかけたり、けんかをふっかけられて、けんかの相手になって、もちもさげもならんような日を送っている人も、世の中にはたくさんあるようでございますねい。
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らしていただきましょうねい。けんかするほど損なことはありませんねい世の中にはけんかをするのに命のやりとりをしたり、金をたくさん使ったりしまいには国をとられたり、あとのもんちゃくがなかん〜治まらんで困っている人も中にはたくさんあるように思いますが、
すべて一家の家庭の人もやり方がよいとか、悪いとか言うて、もめあったり、すれあったり、いつになってもこうしたけんかはやめられないものでしょうかねい。まあお互いはひとりひとり心して暮らしていただきましょう。わかったでしょう。
三〇日
美様(みさま) てんからは どんなときでも ひながたを 一六五 ☆ 八四九 三三七
一日之命様 みせてたすけて ようきづとめに 大安
してやろうと御心くだきのありがたいと、いうこともわからずに暮らしているのが人間でございますねい。神様の御言葉の中に、『にげつつかくれつお
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われつ通りてきたる道を忘れるな』と仰せでありますから、これからは絶対に、けんか口論なきように、命のとりやりやいっさいのたたかいとはやめた方がよいと思う。
この世上のひとりひとりがけんかをやめて暮らすなら、気楽安楽の生涯が送れるのでございますよ。にげつとかくれつおわれてつつ通りてきたる道を忘れるな、ということは、爆弾で逃げ、そかいをしてかくれ、追われ追われて丸裸になってもうで、やけくそ起して、うけては使いもうけては使いして、今だにうだつの上がらん人も世の中にはたくさんあるような。お互いにやけくそをやめて、まじめに暮らすことが幸福の元になるのだから、日々心して暮らしていただきましょうねい、ということや。
それだから、この人ならばという人はどんく〜導いて助けてやっていただいたいたいと思います。天からは、『人間にとひながた見せてあきらかにさとして
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われつ通りてきたる道を忘れるな』と仰せでありますから、これからは絶対に、けんか口論なきように、命のとりやりやいっさいのたたかいとはやめた方がよいと思う。
この世上のひとりひとりがけんかをやめて暮らすなら、気楽安楽の生涯が送れるのでございますよ。にげつとかくれつおわれてつつ通りてきたる道を忘れるな、ということは、爆弾で逃げ、そかいをしてかくれ、追われ追われて丸裸になってもうで、やけくそ起して、うけては使いもうけては使いして、今だにうだつの上がらん人も世の中にはたくさんあるような。お互いにやけくそをやめて、まじめに暮らすことが幸福の元になるのだから、日々心して暮らしていただきましょうねい、ということや。
それだから、この人ならばという人はどんく〜導いて助けてやっていただいたいたいと思います。天からは、『人間にとひながた見せてあきらかにさとして
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ある』と仰せの御言葉をよくささとっていただきたいとうございます。
『ひながた見せて』とは、お互様にやき払われて、丸裸になったことが、ひながたですから、二度とふたたび相手を求めて、けんかするようなことはよくないことと思いますから、各自の家庭が皆けんかをしなくなれば、日本はおろか、世界どこのどこまでづうとづうと治まることになって、極楽世界を見さしていただくことができるようになれば、お互も気楽安楽になることと思いますから、一日も早くおだやかな世界になるよう、念願しているような次第でございます、という意味の御言葉や。よくわかったでしょう。
おわり
308.jpg(告知書)】
第五次 告示
このたび、左記のとおり門衛所・地下道及び参道の建設をすることになりましたから、自 昭和四十二年四月一日
至 同 年四月十六日
昭和四十二年四月一日
世界心道教 会 田 ヒ デ
代表役員
信者その他利害関係人各位
記
一、名称 第四期工事(内訳)……門衛所・地下道及び参道
二、型式 鉄筋コンクリート建
三、坪数 門衛所:一六二平米(約四九坪)
地下道:一八五平米(約五六坪)
参道:敷石、門柱等
四、予算 壱千六百万円
五、着工 昭和四十二年三月二十日
六、完成予定 同 年九月末日
七、施工者 竹中工務店
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◎ 昭和四十二年三月四日午前十時御書き取り
五月の心得につき御言辞御願い
一日
国狭土之命様 このつきは さみだれづきで あるほどに 二七六
一日之命様 あじおてくらせ このかぐらをば 赤口 ☆ 九五一 四三八
『あじおてくらせこのかぐらをば』ということは、どういうことであるならば、『きみだれづき』ということは、五月すなわち、雲読之命様の月なれば、嘆きやくだぎや、またうらみ、お互いにしてうんばっとうの苦しみで、泣きの日暮らしは天も見かねてざるゆえ、『嘆きくだぎや、またうらみ、やめて暮らせよ』という天の御警告なれば、いっさい味おうて暮らしましょう。
『このかぐら』とは、天地間の人々が動いている。すなわち、働いている
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ことを、かぐらという。お筆先の中にも、『かぐら両人つとめはな、これがたしかこのよはじまり』と仰せくだされてありますとおり、『かぐらは両人』とは、父母様のこと。
『たしかこのよはじまり』ということは、夫婦のこと。『夫婦始まり人間の種、たねに始めた親の理をつぐ親と知れ』とも仰せくだされてありますおり、夫婦が始まりで、この世がなりたっているのでしよう。
月日親様をはじめ、八方様、それに連なる人間、作物、草木、鳥畜類めす、おす、め花にお花、世の中のありさまは、いっさいこのとおりと思う天から聞かせていただいて、何から何までえとくして、感謝で暮らすこの子供、何事によらず人間の心のうちを受け取りて、日夜の守護のありがたさ、お互いこれからもは、なおいっそうにふんばりて、感謝の日暮らしいたしましょう、ということや。わかったでしょう。
【311.jpg(3ページ)】
二日
月読 おちついて くしてゆけば なんはない 三八七
一日之命様 いつになりても たすけくださ 先勝 ☆ 一六二 五四九
落ち着いて、静かに暮らしているならば、何の病にもなりはせん。御言辞の中にも、『おちつけば、のみものくいのものふじゅうない』と仰せくだされてありますとおり、この御言辞のうらを返せば、起きる時間に起きないで、人が寝るころ起きて遊びに行く、ろくなことにはなりません。夜寝ずにそこら庭をうろつき歩き、朝になったら寝てしまう。そんなことでは一家の家庭は恵まれね。どこ〜までも皆様よ、いさい味わう心もて、お互様に、ういたりしずんだり、ということは、どういうことであるならば、何か喜びごとのある時は、ういたういたでうかれ出し、前後左右も考えずにむちゃくちゃに金を使ってしまう。そのあとが悲観をする、嘆くくどくけんかする
312.jpg(4ページ)】
病の元はここにある。こうした日々の日暮らしは、ういたり、しずんだり、ということや。こうしたことでは天から利益はいただけんでない。お互い様が心を軌道に乗せて暮らすならば、天も勇んで守護くださる、ということや。わかったでしょう。
三日
雲読 せかいじゅう 言葉ひとつで まとまるで 四九八
一日之命様 いつになりても こころしてよめ 友引 ☆ 二七三 六五一
天の御言辞の中に、『言葉一つが用木の力、言葉一つでどのような、自由用もいただける』と仰せくだされてありますおり、声のかけようで、先方に腹を立たすもあり、喜んでもらえるもあり。こちらの声のかけよう一つで自分が満足のできる言葉をかけてもらえるもあり。また御言辞の中に、『草木も虫もどこもかも、一つ言葉にまとまりがつく』とも仰せくだされてありますが、皆さんはどう思いになりますか。天地間にありとあらゆるものと
【313.jpg(5ページ)】
いうものには、皆言葉というものがありますね。
この「会田ヒデ」が通る道いの中で、いろ〜と言われてきましたが、悟る力の「会田ヒデ」は、何んと言われても顔の色の変わらんところまで、悟る力を持つ研究をさしていただいてまいりましたが、まあかりに、人に「馬鹿野郎」と言われても、これからは、うまくしっかりやりしてもらおうなあ、と思って暮らしていただきました。ばかやろう、という字は、馬と鹿と原野をとって暮らしていただきました。ばかやろう、という字は、馬と鹿と原野って暮らしていただいてまいりました。
くるまと読めば下から読んでまるく、人間の体の機械でもそのとどく、体の中のにたんのうという機械がある、ということですねい。『たんのうのただ一口にいうものの胸のよろずはこれでおさまる』と仰せくだされてありますし。肺病という肺があるでしょう。はい〜と答えて暮らす、ぴょ
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うはかなめ。またのうず、頭はのう、あれのこれのと暮らす心、これすなわ
ち、十二視神経というて、八社様の御心ののうず、人をふみつけて暮らす心
これすなわち、天に違反するゆえ、人をふみつけずに暮らす心。
しゃばの人がよく言うことでございますが、人間がこの世を去るいまわの
きわに、土ふまずがはれあがってくる時は、「長いことない」と申しており
ましたが、この土ふまずと、のうずとは、天と地とのすなわち、月日様の
み心に違反していなければ、頭の病、土ふまずの病にはかからんことにな
っておりますから、皆さんも日々心してお暮しください、ということや。
何から何まで日々の心のモっていき方と、現場とは、皆見るもの、聞くも
の、話すもの、かなな教えでございますから、心の改良に心して暮らす方が
よいと思う。人間という者は、いばり高ぶり強がりて暮らしていると、わざ
わいの元と思う。
【315.jpg(7ページ)】
人が、「金を貸してくれ」とこられた時に、その言葉にのって、いばって
高ぶって妙味を感じて、頭を下げてくる人に、貸してやると、相手が頭を下
げただけ金を持っていくと、「返してくれないで」といって、腹を立つ。こ
れがあっちへ行っても、こっちへきても腹ばかり立っていると、世渡りをす
るのに人は相手にしなくなるから、広い世界に暮らしておりながら、世の中
を渡るのにせまくなってしまいますから、日々をよほど心して お暮しくだ
さい、ということや。わかったでしょう。
四日
皇根 いつまでも てんおんいちじょう 心せよ 五一九
一日之命様 こまかくさとり かんしゃするよう 先負 ☆ 三八四 七六二
『神一条、人間一条わかりたら、世界一条早く悟れよ』と仰せくだされて
いますが、天恩という天は天にあり。天からの御恩は地にあり。なぜなら
ば、おさかりが天から下ってくる。雨も雪も、雷様も皆天恩や。雷様の稲妻
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も稲ほのためになるとやら、雨がなければ雨ごい、とやら、大雪の年は作物
の豊年とやら、日々にわいてくる心、これすなわち、自分が日々にわいてく
る心を天に供えてあるから、うつりし理をつうし返してくださる、これ皆理か
なり。
御言辞の中に、『わかす心の理を調べ、あざやかとなる心しあんせ』と仰
せくだされてありますとおり、あけてもくれても天の御恩をわきまえて暮ら
す心が悟りの境地なり。人間というものは、物が一つ悟れると、神様ぜんと
すましこんで、人間が人間を助けることができないのに、おれがお前を助け
てやる、というような、大それた心になりてはならんから、天の月日親神様
が、高慢の心を使っていると、『のぼりたら、くだりはむこうにみえるぞ
や、ろくじをされと、おりのぼりなし』と仰せくだされてありますが、
日本数字の六の字は、点うって、横棒をひくでしょう。これすなわち、天
【317.jpg(9ページ)】
の心を一筋に、『はいく〜と暮らす心になりてこい』と仰せくだされてあり
ますが、ハの字は六の字にあるでしょう。イは心、そこで、『はいく〜と一
筋心で暮らすなら、天も勇んで守護する』と仰せくだされてありますとおり
何ごとによらずいさい悟りにありとわれは知る。
御言辞の中に、『一二三と組んでいく、役割りできる、とりきまりする』
と仰せくだされてありますが、日本数字の一は一、夫、二は夫婦になりた時
が二、三は夫婦になって子供が授かる、これが三、一二三と組めば六、こう
して お互いが所帯をもって、この道の教えを聞いて守って暮らしていけばしあ
わせや。しあわせが四の数字。天恩の広大無辺をよくさされ、ということが
五のけた。日々に運んで聞いていただいて、迷わず暮らすが六の字や。七
宝様は大食天様、八宝様は大戸辺之命様。
三宝四宝は、国狭土様と月読様、五宝六宝、雲読様と煌根様、何から何ま


にはとんちゃくなく、お助けやら、いろ〜な道も通らしていただきましたが、親からは十一回も、かんどうされ、夫婦別れや、親子別れが三回、最後には離別され、そして昭和十三年に天降りをいただき、昭和十七年には、八社様の天降りをいただき、昭和二十一年には、東京から豊川に引っ越し、二十四年には、諏訪官林へ引っ越しをして、現在の所に落ち着かしていただいておるようなわけでございますから、これから先の道の次第も、理に理がそうてだん〜と、おおにぎわいの心のふしんが始まってくると思う。という親様の入信からの四十四年ぶりでようやくきょうの日でございます、ということや。
ですから、皆さん方も、ひるまずたゆまず、理に理をいただいて、道の発展に努力をしてゆけば、親様月日様、八方様に認められて、今世も来世も来々世もということは、万ごう末代見落しなく、お連れ通りをいただいて