世界心道教 りのさとし

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​にはとんちゃくなく、お助けやら、いろ〜な道も通らしていただきましたが、親からは十一回も、かんどうされ、夫婦別れや、親子別れが三回、最後には離別され、そして昭和十三年に天降りをいただき、昭和十七年には、八社様の天降りをいただき、昭和二十一年には、東京から豊川に引っ越し、二十四年には、諏訪官林へ引っ越しをして、現在の所に落ち着かしていただいておるようなわけでございますから、これから先の道の次第も、理に理がそうてだん〜と、おおにぎわいの心のふしんが始まってくると思う。という親様の入信からの四十四年ぶりでようやくきょうの日でございます、ということや。
​ですから、皆さん方も、ひるまずたゆまず、理に理をいただいて、道の発展に努力をしてゆけば、親様月日様、八方様に認められて、今世も来世も来々世もということは、万ごう末代見落しなく、お連れ通りをいただいて

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​と申してきまして、「ほんとうはどうしたらよいのか」と言われますので、『これからは、自分の思ったとおりにおやりなさい、結構になるでしょう』と申したことがございましたが、
​人間同士が語り合わせしたことに、まともにできることは、めったにありませんから、これからは、親様月日様に伺って、天からの仰せどおりにやしていただけば失敗はないと思います。『天で一度言うたとこと、千に一つも違うことなし』と仰せくだされてあるのでございますから、天ではいつも人間のすること、なすこと、見てはいられんそれゆえに、子供かたずけとしえに、このたび天からはる〜天降りくだされて、いろ〜とおさしずをしてくださるのでございますから、『こここうなおせと言うたら、はい〜
(賞ぎになるとということ)
きったらおちにゃ通れん』と仰せくだされてありますから、皆さんも、天の
​【29ページ(画像337)】
​仰せをすなおに守ってお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
​一一日
​雲読之命様 おめおそれんりょきがねがまあとなる 三八七
​一日之命様 えんりょするような みちでないから 赤口 ☆ 一六二 五四九
​まったくのことと思います。なぜならば、この道に運ばしてもらうのに、「家族の者や、親戚縁者が反対する」と言うて、おそれて遠慮して、気がだして運ような道ではないと思う。信徒の中によく、「あるじが反するの、家内が反するの、この道のことをしゅうとが反対するの、むすこが反対するの、孫が反対して、なかく〜運べないの」というてこられるお方がたくさんありますが、この道は家族の者に反対されるような教えは一つもといておりません。
​そんなことを言うてくる人に限って、ただ自分が困るところだけ助けてもらって、なるべく運びたくないから、そんな家族の者が反対しているような

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​と申してきまして、「ほんとうはどうしたらよいのか」と言われますので、『これからは、自分の思ったとおりにおやりなさい、結構になるでしょう』と申したことがございましたが、
​人間同士が語り合わせしたことに、まともにできることは、めったにありませんから、これからは、親様月日様に伺って、天からの仰せどおりにやしていただけば失敗はないと思います。『天で一度言うたとこと、千に一つも違うことなし』と仰せくだされてあるのでございますから、天ではいつも人間のすること、なすこと、見てはいられんそれゆえに、子供かたずけとしえに、このたび天からはる〜天降りくだされて、いろ〜とおさしずをしてくださるのでございますから、『こここうなおせと言うたら、はい〜
(賞ぎになるとということ)
きったらおちにゃ通れん』と仰せくだされてありますから、皆さんも、天の
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​仰せをすなおに守ってお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
​一一日
​雲読之命様 おめおそれんりょきがねがまあとなる 三八七
​一日之命様 えんりょするような みちでないから 赤口 ☆ 一六二 五四九
​まったくのことと思います。なぜならば、この道に運ばしてもらうのに、「家族の者や、親戚縁者が反対する」と言うて、おそれて遠慮して、気がだして運ような道ではないと思う。信徒の中によく、「あるじが反するの、家内が反するの、この道のことをしゅうとが反対するの、むすこが反対するの、孫が反対して、なかく〜運べないの」というてこられるお方がたくさんありますが、この道は家族の者に反対されるような教えは一つもといておりません。
​そんなことを言うてくる人に限って、ただ自分が困るところだけ助けてもらって、なるべく運びたくないから、そんな家族の者が反対しているような

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​を言うてきておられますが、この道は、この「会田ヒデ」が始めた道ではありません。天地間のひとりひとりの人間を助けてやりたい、という御心から始まった道に、反対のありそうなことは絶対にありません。
​家族そろって運ばしてもらって、家族のひとりひとりが持ち前性分を改良して、何から何までとりけあって、夫は妻に感謝、妻は夫を思いやり、夫は妻を思いやり、家々が困っていたことを助けていただいて、そして近所隣りや、親戚縁者も共に導いていただいて、共に助かっていたいたく道に、おそれている必要はないと思います。おそれたり、遠慮したりしていると、四海同胞いあわれみ合うて、共に助け合っていく道が天に違反するから、あだとなって、家々へろくなことが出てこなくて、つまらん遠慮気ががねだということになりますから、日夜心してお暮らしください。
​そこで、『遠慮するような道でないから』ということが、よくわかったでし
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​う。
​そこで家内が運べば夫が出てこない、親が運べば若夫婦が出てこない、孫が運べば両親が出てこない、という家庭がたくさんあるように思いますがこうした家庭は金銭づくの欲で、「お前がひとり運ぶでいればいいよ、そんなになおぜいで運ぶと、経済がいきづまるからねい」と言われて、「それもそうだなあ」と一家の家庭でひとり信仰をしている家庭もあれば、または一家の家庭のひとりがあか〜持ち前性の改良しないから、「何の教えを聞いてけっつかるのか、ひまをかいて旅費を使って、おさい銭を持って行ってっかるかが、まあいや極道するよりましたいだ」といって、ひとり信仰してはっておく家庭もあれば、家族そろって交互に運んで、ひとりひとりが助かっている家庭もたくさんあるように思いますが、皆さん方はいかがでござい
​ますか、お伺いいたします。

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​天の御言葉に、『わかった者から、治めてとおる実の道』と仰せくだされてありますとおり、この道ということは、天の月日親神様、八方様、天降りゆえ、天地間の人にくじらとりと同じように、もりがうってありますから、作物、草木、鳥畜類、牛馬、人間いっさいのありとあらゆる物というものの一部統計とって、天に願いをかけて、このたび天降りいただいたいてあるのでございますから、人もれなく助けあげないうちは、何代生まれ変わっても、通りぬけさしていただいて、人間の魂の親は月日様、ということを送り届けないうちは、やめない道ですから、絶対に今世も来世も来々世も、万ごう末代御連れ通りいただく道であって、天の月日親神様の御世話どりをいただくかん者はひとりもありませんでねい。
​ですから、おめもおそれも遠慮気ががねをしてはおりません。あととなっている人が救われていないのでございます。皆さんに遠慮するような道では
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​ありませんから、どんなことでも天が道明けのしかた教えて、ここに運んでいる人は皆結構になっているのでございます。教えを守らんは助かってはおりません、ということや。よくわかったでしょう。
​一二日
​煌根(こうね) しあわせを のぞこころは ありたとりて 四九八
​一日之命様 みちをやらねば しゅごうないから 先勝 ☆ 二七三 六五一
​まったくのことと思います。お互様に、しあわせをのぞむなら、仰せの御言葉をしっかりと守って、実行してください。しあわせになりますでねい。『道をやらねば守護ないから』ということも、皆さんは知っているでしょう。一年に一度や二度や三度運んでいたとて、学校から修業証書もいただけないし、卒業証書もいただけないでしょう。学校へ一年に三日ぐらい運んだからとて、何を聞いて帰ったのか、何にもわからないでしょう。
​ただ自分て入信をしたというだけで、こちらでは一年に三回ぐらい

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​ありませんから、どんなことでも天が道明けのしかた教えて、ここに運んでいる人は皆結構になっているのでございます。教えを守らんは助かってはおりません、ということや。よくわかったでしょう。
​一二日
​ しあわせを のぞむこころは ありたとて みちをやらねば しゅごうないから四九八
​一 惶根(かしこね)之命様  先勝 ☆
二七三
六五一
​まったくのことと思います。お互様に、しあわせをのぞむなら、仰せの御言葉をしっかりと守って、実行してください。しあわせになりますでねい。『道をやらねば守護ないから』ということも、皆さんは知っているでしょう。一年に一度や二度や三度運んでいたとて、学校から修業証書もいただけないし、卒業証書もいただけないでしょう。学校へ一年に三日ぐらい運んだからとて、何を聞いて帰ったのか、何にもわからないでしょう。
​ただ自分て入信をしたというだけで、こちらでは一年に三回ぐらい
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​運んでいたのでは、顔もわからんし、名前もわからんし、その人の持ち前性分もわからんし、家庭のこともわからんし、中には三年に一度ぐらいきた人もあるし、十年の間に五回ぐらい運んできておいて、「腎臓だの、肝臓だの心臓だの、胃潰瘍だの、肺病だの、脳いっ血で三日前に倒れて、昏睡状態でおりますから、御利益をいただきとうございます」とせつない時の神だのみで、夜の夜中に電話をかけてきて、「御利益をいただきとうございます」という人もありますが、
​道に協力もしないでいて、「結構な給料だけもらいたい」というたとて御利益のありそうことありませんでねい。なぜならば、電話で持ち前性分の改良の仕方教えたからとてわからんし、とにかく願って御利益になるのではなく、自分の心が左巻で暮らしているから、病気になったのであって、心のうちは百八十度転換して、仏様のような心にならんとことには、助かるこ

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​とはできませんでねい。
​病で倒れている人は、仕方がないとして、周りの人が家族そろって、これからはお道に協力する心を供えれば、今病で倒れている人の通算もできますが、天のみ心にかナう心を持たんことには、利益は絶対にいただけませんでねい。それだから皆さんもよく聞いていただきますとうございます。
​十年も二十年も一生懸命に会社で働いておって、一年のぐらい病気したからとて首にはなりませんが、三年ぐらい一日も出なければ、だんく〜と病院生活の手当も少なくなったり、しまいには会社をやめなければならないようなことになりますが、十年も二十年も一生懸命につとめておった人が二か月ぐらい続けて休んで、あと三日ぐらい会社へ行って、またあと二か月ぐらい休んで、たま〜勤めに行っていても前の縁故があるから、半年や一年は休まずにいても、給料はくれておいてくださるかもしが、
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​本部の方でも、つくした功績がないから、助けることはできないでおりますが、それでも願えば、天からの御利益のある時もありますが、そういう人は、しゃばでいくらか人のためにつくした人かもわかりませんが、そういう人差引きは、天でなければわかりませんでねい。お互様に息ある間が大切ですから、道に協力して運べるだけ運んで、心の改良してゆけば身上事情には絶対にかかることはありませんでねい。皆さんもしっかりとやってください、ということや。よくわかったでしょう。
​一三日
​大食天(おおじきてん) てんおんを さとりてくらせ なにもかも 五一九
​一日之命様 ひとにあいさる ことになるから 友引 ☆ 三八四 七六二
​このとおりと思います。なぜならば、お互様がたれとてりも甘露台様の手足なら、こわきあぶなきないと思えよ。そこでこの道の一列の子供かわいいそれゆえに、願えばいつも心どおりの御利益をくだされまして、『だんく〜と
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​人数がしかとよりきたことならば、そのまま台もできることやで』ということは、願って利益をいただいた信徒が、天の御言葉にあるとおり、皆様方のことを、『あなたあなた、というようになる』ということは、会長さん、支部長さん、分講さん、皆よってたかって、「先生先生」と敬われ、信徒にかしずかれて暮らせる、ということや。だからお互いは、天恩一条を心に修めて日々に、感謝の日暮らしなされませ。感謝の日暮らしの功徳によって、衣食住にも不自由なく、どんな時でも敬われとうとばれ、何から何まで不自由なく、親戚縁者にいたるまで、とうとばれ皆従うてついてくるこのことを皆一同に愛される、ということや。
​お互いは先頭に立つ人は、寄りくる人にあれこれと、においいうつして、天恩を送り届けて共々に、いさましゅ楽しめ利益ある。それだから先頭に立つお互いは、道の発展どこにある。

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​人数がしかとよりきたことならば、そのまま台もできることやで』ということは、願って利益をいただいた信徒が、天の御言葉にあるとおり、皆様方のことを、『あなたあなた、というようになる』ということは、会長さん、支部長さん、分講さん、皆よってたかって、「先生先生」と敬われ、信徒にかしずかれて暮らせる、ということや。だからお互いは、天恩一条を心に修めて日々に、感謝の日暮らしなされませ。感謝の日暮らしの功徳によって、衣食住にも不自由なく、どんな時でも敬われとうとばれ、何から何まで不自由なく、親戚縁者にいたるまで、とうとばれ皆従うてついてくるこのことを皆一同に愛される、ということや。
​お互いは先頭に立つ人は、寄りくる人にあれこれと、においいうつして、天恩を送り届けて共々に、いさましゅ楽しめ利益ある。それだから先頭に立つお互いは、道の発展どこにある。

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【38ページ(画像346)】
​ある教会の信徒が本部に来て、「親様うちの会長さんは、私のことを同じ教会の信徒に悪口を言う。そうするとこの会長は、またほかの信徒のことを他の人に悪口を言う。お助けは第二の問題として、一の信徒には二の悪口を言う。この悪口は一に言う。三の悪口は二に語る。二の悪口は四に語る。四の悪口は五に語る。五の悪口は四に語るというように、くる人ごとに悪口を言われておるそうな。それだから、みんなで相談をして、教会へ運ぶのはやめにしようと思いますが、親様それでいいでしょうか」と問われたことがありましたが、
​『その会長はこの道に出させていただく前からの、くせ性分であってその会長があるじの悪口を本部に来て語り、またある時は、せがれの悪口をきて語り、嫁の悪口を本部に来て語り、だんく〜と道が古くなってきたので家々の悪口はやめて道に出て、道の悪口をいう因縁の人だから、あんた方も
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​人の悪口をいうたことはないかね』と尋ねましたところ、「悪口をいうたことはない、とは言えませんね。そうしてみれば会長さんが悪いのではなく、やっぱり自分のざんげでした」と申しまして、「また信徒にその由を話して教会へ運び、また多くの人にもにおいがけをさしていただくことにいたします」というて帰宅をされましたが、それ以来なにも申さなくなりましたが、お互様にどんなことがあっても、『どれが悪いとさらに思うな』といつも天から仰せでございますから、お互様にどういうことがあっても、思いがえして、人を愛する心になってお暮らしください、ということや。人間の一人は、皆天の月日親神様の分け霊なれば、愛して愛さるということと忘れずにお暮らしください、ということや。
​どんなことでもまかぬ種はえぬのだから、『相対にするむとはかぎらず、他のある理を現わす』とも仰せくだされてありますとおり、相対で話した時

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​に腹を立っていると、今度は第二の人に腹を立てられる理が現れてくるの
だから、日々心油断はできませんよ。日々に自分が腹を立てば、人に今度は
腹を立てられることが理の当然ゆえ、何でも人様に接近した時は、心油断
のなきように暮らしてゆくが第一や。
むか〜と腹の立つようなことあらば、『相手にとりてきり結び、やみじの
めくら元をさとれよ』とありますとおり、御言葉の中に、『今はやみじのこ
となれば、みたする姿はおのが心や』心一つでどのような自由用自在の働きも
してくださることやから、愛して愛さる世の中や。見わけ聞きわけわけ油断
なきよう、日々にお暮しください、ということや。わかったでしょう。
​一四日
​大戸辺之命様 にんげんは まよいかけたら きりはない 六二一
​一日之命様 まよわずはこべ りやくあるから 先勝 ☆ 四九五 八七三
​ということは、皆さんが日々に商売のことでも、会社のことでも、学校
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​のことでも、百姓のことでも、人間という者は、ふた道になると、どっちを選んでよいか迷いが出る、そこで神様の御言葉に、『辻々に龍頭』と仰せくだされてありますとおり、いつの時でも迷いかけたらきりがないから、本部ン運んで、先生方に申し出て、親様から御言葉をいただいて、どちらかを選んでいただいて、迷わずに実行にうつしてゆくが第一ヤ。はなれると近づくとは、ここにあるのでございますよ。
​まあたとえていたら、金もうかるところと、あまりもうからんとところとふた道がある。人間の見た目では金のよけいにもうかるところへ勤めるとかよいと思うが、金のよけいもうかる所は、骨が折れて一か月のうちに四、五日ぐらい休むことになる。そうすれば取りだかは同じことなるから、あまりもうからんでも長く続く所へ働きに行けばよいと思う。うさぎと亀のかけっこと同じように、こつ〜とお山へかけ登ったのは亀

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​さんの勝利であって、いくら亀さんが急いでも、あの山へつくのはなかな
か容易じゃないから、といって、ひとねむりしたために、うさぎの方が負け
になったという、たとえのとおり、あきずにこりずに、ひるまずたゆまず働
く方が勝利をうる、ということや。
​お互様に迷わず成仏いたしましょう。なれど人間の心というものは、骨が
折れても金がもうかって、くたびれて休んで、差し引同じでも、骨の折れる
方がよい、と思ったら金のもうかる方へ行っても、こちらには関係がありま
せんから、どちらにしても体は一つしかありませんから、ふた道のどちらか
を選んでお暮らしください、ということや。わかったでしょう。
​一五日 岐様 こきげなるも よくぞあじわえ 仏減 ☆ 七三二 五一六 九八四
​ということは、どういうことであるならば、八方様の卯の方と、酉の方と
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​思案をすれば、卯の方、辰の方、南の方、未申の方、酉の方、これだけは昼の理。戌亥、子の方、丑寅の方、これは夜の理。朝起きて、ごた〜とほこりを積んだり、不足をしたり、喜んだり、嘆いたりする刻限は七時、八時九時、十時。夜家にもどってほこりを積んだり、不足をしたり、腹を立てたり、らんんだり、あれやこれやと語り合うのも、ののしり合うのも、七時、八時、時、九時、十時、戌亥の方の刻限や。十一時、十二時、一時、二時、三時、四時は、子の方と丑寅の方であって、夜にある理が昼にでる。朝にあった理が夜にある。夜にあった理が昼にでる。だからお互いは、刻限事情もよくさとりでお暮らしください、ということや。
​夜の一時、二時、三時、四時は、昼間の未申にある。未申にあったことは夜の丑寅の刻に返しがある。真昼、真夜中と、朝起きろ、起きない、夜寝ろ寝ない、これすなわち、卯の方と酉の方、東西南北すまからすままですっき

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